ソフトテニスとは?日本発祥の歴史、ルール、プロ選手とアジア大会の強さを徹底解説

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ソフトテニスSoft Tennis

硬式テニスのボールが高価で手に入りにくかった明治時代の日本で、ゴム製ボールを使う独自の工夫から生まれた球技。「本家」硬式テニスが海外発祥・日本が追いかける立場なのに対し、ソフトテニスは逆に日本が発祥国であり、今も世界をリードする存在であり続けている。

約140年
明治時代からの
歴史
1994
広島大会で
アジア大会正式化
4/5
2023杭州大会
日本の金メダル数
2019
日本人初の
プロ選手誕生
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基本データ BASIC DATA
硬式テニスと同じ「ラケット系」に分類される競技だが、使用するボールが根本的に異なる。硬式テニスのボールがゴムとフェルトでできた硬く重いボールなのに対し、ソフトテニスのボールはゴムのみで作られた非常に軽いボールを使用し、高い回転がかかりやすく球筋が変幻自在に変化するのが特徴である。
分類
ラケット系(軟らかいゴムボールを使う日本発祥の球技)英名:Soft Tennis
基本ルール
硬式テニスとほぼ同じコートで実施。1ゲームは4ポイント先取(3-3はデュース)、複数ゲームで1セットを構成し、セットを取り合って勝敗を決める
主な形式
シングルスとダブルスがあるが、日本の競技文化ではダブルスが主流。団体戦は複数のペアが総当たりで対戦する方式が一般的
統括団体
1974年設立の国際ソフトテニス連盟(ISTF、前身は国際軟式庭球連盟)が統括/日本:公益財団法人 日本ソフトテニス連盟(JSTA)
五輪との関わり
現時点で正式なオリンピック種目ではなく、日本ソフトテニス連盟は将来的な五輪参入を目標に普及活動を続けている。アジア大会では1990年北京大会でデモンストレーション競技として実施後、1994年広島大会から正式競技として毎大会実施されている
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競技形式とルール FORMATS & RULES
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ダブルス
日本の競技文化における主流形式

2人1組のペアで戦う、日本のソフトテニスにおける基本の形式。前衛・後衛の役割分担とペアの連携が勝敗を分ける。

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シングルス
1対1の個人戦

1人で全コートをカバーする形式。国際大会では個人種目としても実施され、幅広い運動量と単独での戦術構築力が求められる。

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ゴム製ボール
硬式テニスとの最大の違い

ゴムのみでできた非常に軽いボールを使用。高い回転がかかりやすく球筋が変幻自在に変化するほか、打球時の大迫力の音も観戦の魅力の一つ。

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団体戦
複数ペアによる総当たり方式

チーム対抗の団体戦では、複数のペアが順に対戦し、勝敗数の多いチームが勝利する方式が一般的。国別対抗の大舞台でも重視される形式。

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船水颯人——日本発祥の競技に誕生した初のプロ選手 FUNAMIZU HAYATO
🎾 2019年、日本人選手として史上初のプロ契約

「アマチュアの competitiveスポーツ」から一歩踏み出した挑戦

ソフトテニスは長らく、学校の部活動を中心に親しまれる生涯スポーツ・アマチュアスポーツとしてのイメージが強い競技だった。そうした中、2019年に船水颯人がヨネックスとスポンサー契約を締結し、日本人選手として史上初めてプロプレイヤーの道を歩み始めた。

この一歩は、学校教育を通じて広まってきたソフトテニスというスポーツに、新しいキャリアの形を示すものとなった。日本発祥・日本が本家という強みを持つこの競技が、今後さらにどのような発展を遂げていくのか、その象徴的な出来事として記憶されている。

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日本ソフトテニス史に名を刻んだ人物・チーム KEY FIGURES
船水 颯人(ふなみず はやと)
2019年、日本人初のプロ選手に

ヨネックスとスポンサー契約を結び、日本人選手として史上初めてプロプレイヤーの道を歩み始めた第一人者。

2023年杭州アジア大会 日本代表
実施5種目中4種目で金メダル

発祥国としての強さを世界に示した大会。自国開催となる愛知・名古屋アジア大会でも、この勢いを引き継ぐ活躍が期待されている。

東京高等師範学校テニス部
ソフトテニス誕生のきっかけを作った存在

高価な硬式テニスボールの代用としてゴムボールを採用したことが、「軟式庭球」誕生の出発点となった。現在の筑波大学にあたる。

国際ソフトテニス連盟(ISTF)
1974年設立、世界普及の中心

前身の国際軟式庭球連盟として発足し、翌1975年にはハワイで第1回世界選手権を開催。以降、世界的な普及活動の中心を担っている。

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歴史の足跡 HISTORY
1884年
宣教師らによって硬式テニス(ローンテニス)が日本に伝来した。
1890年(日本)
東京高等師範学校の要請でゴム製テニスボール「赤Mボール」が製造され、軟式庭球普及の出発点となった。同校のテニス部が最初期の普及の担い手となった。
1924年(日本)
全国統括機関「日本軟球協会」(現・日本ソフトテニス連盟)が発足した。
1955年
日本・台湾・韓国により「アジア軟式庭球連盟」が設立された。
1956年
第1回アジア選手権が開催された。
1974年
国際軟式庭球連盟(現・国際ソフトテニス連盟)が設立された。
1975年
ハワイで第1回世界選手権が開催された。
1994年(日本)
広島アジア大会から正式競技として採用され、以降毎大会実施されている。
2019年(日本)
船水颯人が日本人選手として初めてプロ契約を結んだ。
2023年(日本)
杭州アジア大会で日本代表が実施5種目中4種目で金メダルを獲得する快挙を達成した。