パデルの特徴・基本ルール解説!テニスとの違いと日本代表の歴史

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パデルPadel

テニスとスカッシュの要素を併せ持ち、ガラスと金網で囲まれたコートで壁に跳ね返ったボールも打ち返す2対2のラケット競技。1969年にメキシコで考案され、スペインではサッカーを超える競技人口を誇るまでに成長。2026年愛知・名古屋アジア大会でアジア大会史上初めて正式競技に採用された。

1969
メキシコで
考案
150+
世界で親しまれる
国・地域数
2018
初の
世界選手権
2026
アジア大会
初の正式競技化
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基本データ BASIC DATA
テニスやバドミントンと同じ「ラケット系」に分類される競技だが、コートを囲む強化ガラスや金網を「壁」として使えるという、他のラケット競技にはない特徴を持つ。壁を使った立体的なラリー展開は、スカッシュのような要素も併せ持ち、テニスと比べてコートが狭く初心者が短時間でラリーを楽しみやすいことから、世界的に競技人口が急拡大している。
分類
ラケット系(壁付きコートで行う2対2のラケット競技)英名:Padel
基本ルール
10m×20mの長方形コートを高さ3〜4mの強化ガラスと金網で囲み、原則2対2のダブルスで対戦。地面に1バウンドした後であれば、壁に当たったボールもそのまま返球できる
主な形式
カウントはテニスと同様(15・30・40)。サーブは腰の高さ以下のアンダーハンドに限られる。ガットのない穴あき板状のラケットと、内圧の低い専用ボールを使用する。2026年から接戦を1ポイントで決する「スターポイント制」などの新ルールが導入された
統括団体
国際パデル連盟(FIP)が統括し、日本を含む100の国内競技団体が加盟/日本:日本パデル協会(JPA、2016年設立、2017年FIP加盟)
五輪との関わり
現時点で正式なオリンピック種目ではないが、2026年愛知・名古屋アジア大会でアジア大会史上初めて正式競技に採用された
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競技形式とルール FORMATS & RULES
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壁を使った戦術
パデル最大の特徴

自陣の壁に当てて相手コートへ返す「コントラ・パレッド」、相手の強打が壁に当たって跳ね返った球を叩く「レボテ」など、壁を活用した独特のプレーが数多く存在する。

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板状ラケット・低圧ボール
ガットなしの独特な用具

穴あきの板状ラケットは、どこに当たってもまっすぐ飛びやすく返球しやすい。内圧の低い専用ボールとの組み合わせが、初心者でもラリーを続けやすい特性を生み出している。

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ダブルス専用競技
原則2対2の形式

コートがテニスの約3分の2の広さのため、原則として2対2のダブルスのみで行われる。ペアの連携やポジショニングが勝敗の鍵を握る。

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テニス式カウント
15・30・40の6ゲーム先取

得点の数え方はテニスと同様。2026年からは、デュース後の接戦を1ポイントで決する「スターポイント制」が導入され、試合展開のスピードアップが図られている。

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アジアトップクラスへ——初代アジアチャンピオンに輝いた日本 RISE OF JAPAN PADEL
🏆 2025年 FIP Asia Padel Cup 女子日本代表 初代アジアチャンピオン

2013年、日本初のコートから10年余りでの急成長

日本初のパデルコートが埼玉県所沢市に誕生したのは2013年のこと。2016年に日本パデル協会(JPA)が設立され、2017年には国際パデル連盟(FIP)に正式加盟。名誉会長には『キャプテン翼』の作者・高橋陽一氏が就任しているという、意外な顔も持つ団体だ。2030年までに競技人口100万人の達成を目標に掲げ、現在の競技人口は約6万人、選手登録者は約1,600名にまで広がっている。

日本代表は2024年の世界選手権でアジア最高位となる11位を記録し、2025年のFIP Asia Padel Cup(カタール・ドーハ)では女子日本代表が初代アジアチャンピオンに輝くなど、アジアトップクラスの実力を確立。2026年、自国開催のアジア大会でパデルが初めて正式競技に採用され、畠山成冴・富田一輝・中村進之介・安藤輝明・塚本早紀・徳本佳恵・小澤琴巳・佐藤千文の8名が日本代表として歴史的な舞台に立つ。

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愛知・名古屋アジア大会 日本代表 TEAM JAPAN 2026
男子日本代表
畠山成冴・富田一輝/中村進之介・安藤輝明

男子複に2ペアが出場。アジア競技大会史上初のパデル競技で、日本男子の歴史を切り拓く。

女子日本代表
塚本早紀・徳本佳恵/小澤琴巳・佐藤千文

女子複に2ペアが出場。2025年のFIP Asia Padel Cupで初代アジアチャンピオンとなった女子日本代表の勢いをアジア大会へ。

佐藤 千文(さとう ちふみ)
女子複 日本代表

日本パデル協会の公式発信でも紹介された、安定した仕事を離れて世界に挑戦する道を選んだ選手。歴史的な舞台に立つ覚悟がアジア大会で試される。

日本パデル協会(JPA)
2016年設立/名誉会長:高橋陽一氏

2030年までに競技人口100万人の達成を目標に掲げ、普及・強化を推進する日本の統括団体。「キャプテン翼」の作者が名誉会長を務めることでも知られる。

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歴史の足跡 HISTORY
1969年
メキシコのリゾート地アカプルコで、パデルが考案された。
その後
スペインやアルゼンチンに持ち込まれ、両国で国民的なスポーツへと成長した。スペインでは競技人口がサッカーを上回るとも言われる。
2013年(日本)
埼玉県所沢市に、日本初のパデルコートが誕生した。
2016年(日本)
日本パデル協会(JPA)が設立された。
2017年(日本)
JPAが国際パデル連盟(FIP)に正式加盟した。
2018年
初のパデル世界選手権が開催された。
2022年
FIP公認のプロツアー「プレミアパデル」が創設され、2024年には前身ツアーの一つであるWPTを統合した。
2024年(日本)
世界選手権で日本代表がアジア最高位となる11位を記録した。
2025年(日本)
FIP Asia Padel Cup(カタール・ドーハ)で、女子日本代表が初代アジアチャンピオンに輝いた。
2026年(日本)
愛知・名古屋アジア大会でパデルが初めて正式競技に採用され、日本代表が男女複の1回戦に挑んだ。