ソフトテニスSoft Tennis
硬式テニスのボールが高価で手に入りにくかった明治時代の日本で、ゴム製ボールを使う独自の工夫から生まれた球技。「本家」硬式テニスが海外発祥・日本が追いかける立場なのに対し、ソフトテニスは逆に日本が発祥国であり、今も世界をリードする存在であり続けている。
歴史
アジア大会正式化
日本の金メダル数
プロ選手誕生
2人1組のペアで戦う、日本のソフトテニスにおける基本の形式。前衛・後衛の役割分担とペアの連携が勝敗を分ける。
1人で全コートをカバーする形式。国際大会では個人種目としても実施され、幅広い運動量と単独での戦術構築力が求められる。
ゴムのみでできた非常に軽いボールを使用。高い回転がかかりやすく球筋が変幻自在に変化するほか、打球時の大迫力の音も観戦の魅力の一つ。
チーム対抗の団体戦では、複数のペアが順に対戦し、勝敗数の多いチームが勝利する方式が一般的。国別対抗の大舞台でも重視される形式。
「アマチュアの competitiveスポーツ」から一歩踏み出した挑戦
ソフトテニスは長らく、学校の部活動を中心に親しまれる生涯スポーツ・アマチュアスポーツとしてのイメージが強い競技だった。そうした中、2019年に船水颯人がヨネックスとスポンサー契約を締結し、日本人選手として史上初めてプロプレイヤーの道を歩み始めた。
この一歩は、学校教育を通じて広まってきたソフトテニスというスポーツに、新しいキャリアの形を示すものとなった。日本発祥・日本が本家という強みを持つこの競技が、今後さらにどのような発展を遂げていくのか、その象徴的な出来事として記憶されている。
ヨネックスとスポンサー契約を結び、日本人選手として史上初めてプロプレイヤーの道を歩み始めた第一人者。
発祥国としての強さを世界に示した大会。自国開催となる愛知・名古屋アジア大会でも、この勢いを引き継ぐ活躍が期待されている。
高価な硬式テニスボールの代用としてゴムボールを採用したことが、「軟式庭球」誕生の出発点となった。現在の筑波大学にあたる。
前身の国際軟式庭球連盟として発足し、翌1975年にはハワイで第1回世界選手権を開催。以降、世界的な普及活動の中心を担っている。

