いよいよ、逃げ道がなくなった。
大会まで、あと3か月もない。
自転車は何とか乗れるようになった。
ランニングも、それなりに力が付いてきた。
しかし――
水泳だけは、どうにもならない。
相変わらず25mもまともに泳げない。
このまま自己流で練習していても、大会当日に突然泳げるようになるとは思えない。
もう、スイミングスクールに行くしかない。
そこで私は、完全初心者向けのコースに申し込んだ。
もちろん、気持ちは完全に焦っている。
「3か月後にはトライアスロン大会がある」
「そこで2000m泳がなければならない」
「しかも海である」
そんなことを考えながら、鼻息荒くスイミングスクールへ乗り込んだ。
自分の中では、
「さあ、泳ぎを教えてください!」
という気持ちだった。
ところが――
最初に始まったのは、
ビート板。
……ビート板?
まあ、初心者だから仕方がない。
ビート板を持ってバタ足。
バタ足。
またバタ足。
次は潜水。
そして、またバタ足。
今度はスカーリング。
そして、またバタ足。
私は黙って先生の言う通りにやっていた。
しかし、頭の中では別のことを考えていた。
「……俺、3か月後に2000m泳がなきゃならないんですけど?」
口から出そうになる。
でも、出せない。
先生は何も悪くない。
私は完全な初心者なのだから。
25mも泳げないのだから。
先生からすれば、
「まず水に慣れましょう」
というところから始めるのは当然である。
それなのに私の頭の中には、
2000m
という、とんでもない数字がある。
バタ足をしながら、その数字が頭の中をぐるぐる回る。
「こんなことしていて、本当に間に合うのか?」
「あと3か月しかないんだけど……」
でも、先生は淡々と練習を進める。
ビート板。
バタ足。
潜水。
スカーリング。
またバタ足。
私は何も言わず、それを繰り返した。
考えてみれば、今まで私は泳ぎを習ったことがない。
泳げないのに、いきなり自己流で何とかしようとしていた。
だから、本当はこの一つ一つの練習が必要なのだろう。
頭では分かっている。
でも、気持ちは焦る。
「2000m……」
その数字だけが、どうしても頭から離れない。
ランニングなら、2000mなんて何でもない。
でも水泳では違う。
私にとっては、
25mが限界。
その25mさえ泳ぎ切れない男が、3か月後には2000m泳がなければならない。
距離だけで考えれば、単純に80倍である。
もちろん、実際の泳力はそんな単純な計算ではない。
でも当時の私には、そんなことは分からない。
ただ、
「25mも泳げないのに2000mって……」
としか思えなかった。
それでも、先生の言うことをやるしかない。
ビート板を持って、バタ足。
潜る。
スカーリング。
そして、またバタ足。
焦っているのは私だけだった。
先生はいたって冷静だった。
その温度差が、何とも不思議だった。
私は3か月後の大会のことで頭がいっぱい。
先生は目の前の私を見て、
「まずは水に慣れましょう」
というところから始めている。
今思えば、当然なのだ。
泳げない人間が、いきなり2000m泳げるわけがない。
まずは水に慣れる。
呼吸を覚える。
体の使い方を覚える。
そして少しずつ距離を伸ばしていく。
それしかない。
だから私は、焦る気持ちを何とか押し込めながら、先生の言うことを一つずつやることにした。
しかし、この時の私はまだ知らなかった。
この「ビート板でバタ足ばかりやっている時間」が、
3か月後に海で2000mを泳ぐための、私の最初の一歩だったことを。
そして何より――
この時点ではまだ、
「海で泳ぐ」ということが、プールで泳ぐのとはまったく違う世界だ
ということさえ知らなかった。
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