①【プロローグ】「12時間切り」への挑戦と、頼もしい仲間たちとの旅路
昨年、100キロを走り終えた瞬間に口をついて出た「一度でいいから12時間を切りたい」という独り言。今年はあの時の誓いを果たすべく、お祭り気分を少し封印し、本気でタイムを狙いに行くプランを練っていた。 作戦はシンプルだ。走るスピード自体は例年通りを維持しつつ、各エイドでの滞在時間を極力減らす。これだけで、かなりの時間を短縮できるという目算があった。過去5回完走し、サロマの特性を身体が理解しているからこそ描ける戦略だった。
昨年は前日受付に滑り込み、ゴール後はそのまま温泉に入って夜道を運転して帰るという「単独弾丸ツアー」だったため、帰路の猛烈な眠気との戦いが何より辛かった。 しかし今年は心強い。いつもの気心知れたメンバー9名での1泊2日ツアーだ。前日は生田原のホテルに宿をとり、ゴール後は温泉を堪能した上で、帰りは助手席ナビゲーターという至れり尽くせりの環境を用意してもらった。
前日、受付を済ませてホテルで夕食をいただいた後は、ゼッケンやウェア、中間点へ送る荷物の最終チェック。その後は温泉で一日の疲れを流す。ビールを楽しむ仲間を横目に、私は例年のルーティン通り、起床時間の6時間前には静かに布団に入った。
大会当日は2時半にアラームをセットしていたが、その前から周囲がゴソゴソと動き出す気配や温泉へ向かう足音で、自然と意識が覚醒していく。まずは手早く身支度を整え、朝食という名の「炭水化物を胃袋へ詰め込む作業」に取りかかる。レースだからと特別なことはせず、普段から食べ慣れているフルーツ系のヨーグルトやおにぎり、菓子パンをチョイスし、エネルギーを確実に補給した。
②【前半】予期せぬハイペースの滑り出しと、宿命の「三里浜大作戦」
スタート地点の湧別町は気温約10℃。6月下旬とはいえ、早朝4時のオホーツク海沿岸は身が引き締まるほどの寒さだ。会場到着後、メンバーそれぞれが荷物チェックや日焼け止めの塗布など、思い思いの準備を進める。私も手早く日焼け止めを塗り終えると、荷物を預けて足早にトイレの列へと並んだ。 予想通りの大混雑で、号砲ギリギリまで粘ったものの、満足のいく量は出せない。しかし焦りはなかった。どうせ三里浜のトイレで大きな用を足すのは、毎度おなじみの既定路線だからだ。

今年はスタートの誘導方向が変わっていたようで、状況をよく掴めないまま、気付けば列の中ほどという想定より前方に並んでしまっていた。 午前4時、号砲。人の波に文字通り押し出されるようにしてスタートラインを通過する。昨年はラインを越えるまでに4分を要したが、今年はなんと2分強。 「こんな前方では周りのハイペースに巻き込まれてしまう」と危惧しつつも、密集した集団の流れに逆らうわけにもいかず、周囲のピッチに同調しながら黙々と最初の一歩を踏み出した。
コースは例年通り、オホーツクの海岸線をぐるりと周回して湧別町の市街地へと戻っていく。時間の経過とともに集団のペースは落ち着きを見せ始めたが、一度身体に染み付いたラップを修正するのは至難の業だ。知らず知らずのうちに、例年よりも明らかに速い巡航速度を維持していた。
- 10km通過:1時間08分04秒(この10km:1時間06分00秒 ※スタートロス除く) 最初の10キロはあっという間だった。普段ならまだ眠りの中にいる時間帯ゆえ、頭も肉体も完全には覚醒しきっていない感覚のまま脚を動かす。コースはサロマ湖とオホーツク海を左右に望む三里浜へと向かうが、今年は折り返し地点がさらに奥へと設定されているようで、何度も走った道ながら新鮮な景色が眼前に広がっていた。
折り返しを過ぎ、キャンプ場に差し掛かったあたりで、私の大腸は期待通りの大活躍を見せる。毎年決まってこの場所で便意を催すのは、もはやDNAレベルで身体が記憶しているのだろう。6月下旬の日曜日にこの場所へ来れば、まるで条件反射のように用を足してしまう。まさにサロマの七不思議である。
- 20km通過:2時間17分23秒(この10km:1時間09分09秒) トイレに立ち寄った時間を考慮すれば、走っているペース自体はすこぶる順調だ。しかし、この辺りから徐々に太陽が自己主張を始め、強い日差しが肌を刺すようになる。早朝6時や7時という時間帯でありながら、これほどの熱量と紫外線の暴力を突きつけられるとは、自然の偉大さにはいつも脱帽するほかない。
毎年同じ場所で用を足すのと同様に、今年もこの20キロ付近で同じツアーのF先生を鮮やかに抜き去る。お互いの序盤のペース配分が毎年寸分違わないという証明であり、これもまたサロマの七不思議かもしれない。所々に直射日光を遮る巨木があるものの、木陰の恵みは一瞬で終わり、容赦ない紫外線が再びランナーたちの体力を削りにかかる。
- 30km通過:3時間21分09秒(この10km:1時間03分46秒) 三里浜でのトイレタイムを除けば、ほぼキロ6分半の正確なラップを刻み続けていた。過去の大会でも走っているスピード自体は同等なのだが、例年はエイドで文字通り「お祭り気分」で寛ぎすぎていたため、最終的なトータルラップがキロ7分まで落ち込んでいたのだ。
しかし、今年の私は一味違う。エイドでの滞在時間は最小限にする、その強い意志を維持していた。朝一に摂取した燃料が胃から小腸へと移動する時間帯を迎え、徐々に空腹感が頭をもたげてくる。しかし、エイドでは水とスポーツドリンクを口に含み、バナナ一切れを軽くかじるのみに留め、すぐさま戦線へと復帰した。
- 40km通過:4時間25分41秒(この10km:1.時間04分32秒) 湧別町の雄大な牧草地帯に別れを告げ、コースは交通量の多い国道238号線へと合流する。暑さへの警戒心に加え、周囲を行き交う車のプレッシャーも重なり、ランナーたちの間に心地よい緊張感が走る。国道をしばらく進むと、進路は再びサロマ湖の湖畔に佇む美しい観光道路へと折れた。
③【中盤】暑さとの心理戦、55kmレストでの電撃作戦
ここでフルマラソンの距離である42.195km地点を通過する。例年はここの関門で涙を飲むランナーが多かったのだが、関門の位置が変更された恩恵か、今年はリタイアを余儀なくされている人の姿は見かけなかった。そんな観光気分に浸れる湖畔の絶景ルートも長くは続かず、ランナーたちは再び単調な一般道へと押し戻される。
42.195キロという数字は、走る者にとってひとつの大きな心理的区切りだ。ひと仕事を終えたような安堵感が広がる一方で、この時間帯から暑さはさらに牙を剥き、凶暴さを増してくる。ほんのわずかな緩斜面であっても、がっくりとスピードを落とし、歩き始めるランナーが目に見えて増えてきた。
実はここまで、各エイドでは水分の他にバナナしか口にしていなかった。滞在時間を短縮するためという大義名分もあったが、実際のところは、この気温と暑さによって胃が初期の機能不全を起こし始めており、固形物を受け付ける心理的余裕がなかったというのが本音である。
- 50km通過:5時間29分14秒(この10km:1時間03分33秒) 胃の違和感を抱えながらも、例年より約20分も早いペースで中間点を通過。多少の貯金を作れた安堵感と引き換えに、後半戦への一抹の不安が脳裏をよぎる。「まずは55キロの中間エイドまで粘り、そこでしっかり立て直そう」それだけを心の拠り所に、前行の背中を追った。
サロマの50キロ地点は、ドラマチックな中間点という響きとは裏腹に、驚くほどひっそりと佇んでいる。周囲には遮るものもなく、ただ頭部を冷却するための「かぶり水」の樽がポツンと置かれているだけだ。 しかし、ここからの数キロこそが、地味なアップダウンと容赦ない直射日光がランナーを容赦なく苦しめる最初の関門となる。気温は27℃まで上昇していたらしく、頭の中は「あと4.5キロ先にあるレストステーション」の存在だけで満たされていた。
そして辿り着いた54.5キロ地点のグランティアサロマ(レストステーション)。そこには、まるでここが最終ゴールであるかと錯覚するほどの、大音量の歓声と熱い応援が渦巻いていた。ランナーたちはここでドロップバッグを受け取り、ウェアを替え、ストレッチを施して後半戦への英気を養う。
私の場合は、まず汗を吸った長袖から軽快なノースリーブへと着替えを敢行。そして、ここまでバナナしか拒んできた胃袋へ、小さなおにぎり一個とゼリー飲料を一気に流し込んだ。滞在時間はわずか12分。長居は禁物とばかりに、重い腰を上げてすぐにコースへと飛び出した。
レストステーション直後に待ち受けるアップダウンも、なかなかに骨が折れる。多少なりとも休憩を挟んだ直後ゆえ、足取りは比較的軽かったが、もしここをエイドに立ち寄らずに通過していたら、精神的に完全にへし折られていただろう。
④【後半】魔女の森を抜け、名物「おしるこ」の恩恵
- 60km通過:6時間48分41秒(この10km:1時間23分00秒 ※休憩時間含む) 60キロを通過すると、進路は再びサロマ湖の美しい湖畔沿いへと導かれる。眼前に広がる景色は絵画のように素晴らしいが、先ほどのレストステーションでの休息気分は綺麗に吹き飛び、脳内は再び張り詰めた戦闘モードへと切り替わる。
63キロ付近にあるトイレは非常に清潔で行き届いているため、思わず長居したくなる誘惑に駆られるが、ここは気分転換に軽く小用を足すに留め、数十秒でコースへ復帰。 続くエイドを通過すると、ランナーたちの間で「魔女の森」と称される、静寂に包まれた涼しい林道へと突入する。ここは一切の沿道応援が途絶えるため、孤独感から思わず歩行に切り替えてしまう危険なポイントだが、70キロの関門時間を考慮すれば、ここで脚を止めるわけにはいかない。強い意志でピッチを刻み続けた。
林道の出口を抜けると、ようやく浜佐呂間の住宅街へと滑り込む。ここからは、佐呂間名物の私設エイドがこれでもかと軒を連ねる。心身ともに最も磨耗している時間帯だけに、地元の方々の温かい歓迎は涙が出るほど嬉しいが、やはりタイムが頭をよぎり、長居はできない。それでも、ずらりと並んだ冷えた完熟トマトやゼリーの誘惑には抗えず、視線だけはしっかりと奪われてしまった。
ふと前方に目をやると、なんとタイガーマスクが走っている。もちろん、精巧な衣装を身にまとった仮装ランナーなのだが、この過酷な状況下でのその執念には頭が下がる。さらに進むと、毎年恒例、自宅の屋根の上に登って大漁旗を豪快に振り回しながら大声援を送ってくれる名物おじさんの姿が。この変わらない光景に、胸の奥が熱くなる。
- 70km通過:8時間05分52秒(この10km:1時間17分11秒) 浜佐呂間の私設エイドの賑わいに少し甘えてしまい、この10キロはややペースを落とした。しかし、この先にはサロマ最大の歓びである「おしるこサービス」が待っている。一昔前までは、上位の高速ランナーしかありつけない「売り切れ御免」の幻のエイドだったが、近年の増量対策のおかげで、我々のようなボリュームゾーンのランナーでも確実にいただけるようになったのは有り難い限りだ。

先を急ぎたい気持ちを一度落ち着かせ、ベンチに腰を下ろして、温かいおしるこを厳かにいただいた。今年は暑さによる胃の疲弊で固形物を敬遠しがちだったが、ここのお餅だけは少し無理をしてでも胃袋へ収める。昨年は欲張って3杯を平らげたが、今年は「お一人様一杯」のルールを遵守し、サクッと平らげて速やかにリスタートした。
ここまで来れば、目指すは最終決戦の地「ワッカ原生花園」のみ。ワッカの圧倒的な美しさは、皮肉にもレース終盤の最も過酷なドラマの舞台となる。少しでも時間的な貯金を作ってあの聖地へ突入したい。まずはワッカの入り口に構えるエイドで、チョコレートと温かいお茶をいただき、鬱蒼としたワッカの森へと足を踏み入れた。
80キロの関門までは目と鼻の先のはずなのだが、体感的にはこの距離が異常に長く感じられる。経験者であれば先が見えているため動じないが、初出場のランナーが制限時間ギリギリでここに飛び込んできた場合、底知れぬ焦燥感に駆られる過酷な道程だ。
⑤【終盤】ワッカの試練と、驚異のビルドアップ
- 80km通過:9時間18分18秒(この10km:1.時間12分26秒) ついに、サロマの核心部であるワッカ原生花園の内部へと足を踏み入れる。咲き誇る原生植物の花々と、オホーツク海から吹き抜ける冷涼な潮風。ウルトラマラソンの最中でさえなければ、足を止めていつまでも眺めていたいほどの絶景だが、今の私にその贅沢は許されない。緩やかな、しかし確実に足を削ってくるアップダウンが肉体を苛めるなか、淡々と歩を進める。
しかし、ワッカの冷たい潮風の洗礼か、あるいは連続するアップダウンの疲労ゆえか、にわかに心拍数が跳ね上がり、胸を締め付けられるような苦しさが襲ってきた。ただならぬ気配を察知し、意図的に少しペースを落としたことで事なきを得たが、あの異様な胸の圧迫感は、今思い出しても肝が冷える瞬間だった。
ワッカの内部は一般の応援車両が入れないため、本当の意味でランナー個人の精神力が試される孤独な空間だ。それだけに、中間の85キロ付近でようやく現れる公式の応援ポイントに救われるランナーは多い。周囲には大量のかぶり水が用意されているが、その日の天候や気温によっては、寒さに震えながら通過することもある。スタート前にどのようなウェアを選択したか、その成否が如実に現れる審判の場所でもある。

三里浜のコース変更と同様に、今年のワッカも心なしかルートがマイナーチェンジしているように感じられた。さらに驚いたことに、ワッカの奥深くにまるで歩道橋のような巨大な建造物が建設途中であった。一体何と何を結ぶためのものなのか、走りの最中には見当もつかなかったが、来年ここに帰ってくる頃には、全く異なる景色が広がっているのだろう。
- 90km通過:10時間28分47秒(この10km:1時間10分29秒) 中盤の浜佐呂間周辺で乱れたラップを取り戻すかのように、80キロ、90キロと進むにつれて、私のペースは不思議と右肩上がりに加速していった。90キロを過ぎてなおビルドアップしているという客観的事実に、自分自身驚きを隠せなかったが、「これが今の実力だ」と強く自己暗示をかけることで、肉体を突き動かす最後の原動力へと変えた。
もちろん、そんな魔法のような状態がゴールまで都合よく続くはずもない。90キロ以上を走破した身体でペースを上げるなど、どう考えても肉体の許容量を超えている。案の定、左の太ももが強烈に悲鳴を上げ、ピキピキと攣り(つり)始めてしまった。現在の私のフォームが、どうしても左足に過度な負担を強いる構造になっていることは自覚していたし、近年のレースでも決まって左足に疲労が集中していた。
しかし、そんな肉体的苦痛を綺麗に融解してくれたのは、やはりワッカが誇る雄大な景色だった。過去5回、這う這うの体で通過してきたこの場所で、6回目にして初めて、景色を愛でるだけの「心の余裕」がちょっぴり生まれていることに気付き、深い喜びがこみ上げてきた。今までは制限時間という見えない死神に追われ、周囲を一瞥する余裕すらなかった私が、今、現実にサロマの美しさを楽しんでいる。確かな成長の証だった。
常呂のスポーツセンターへと向かう最後のエイドで、再び温かいお茶をいただき、残り2キロのウイニングロードへ向けて心と身体の最終調整を済ませる。 するとその先で、今回の遠征に私設応援団として駆けつけてくれていた、見覚えのある「自転車軍団」が私を待ち受けていた。
「おーい! 速すぎるぞ!」
背後から飛んできたのは、一瞬耳を疑うような、嬉しいクレーム混じりの大声援だった。例年であれば制限時間残り数十分という瀬戸際でギリギリ滑り込んでくる私が、今年は1時間以上の大いなる余裕を持ってゴールを目指しているのだ。彼らが目を丸くしてそう叫びたくなる気持ちも、実によく分かる。
⑥【エピローグ】歓喜のゴールと、レースモードが見せた新境地
そんな手荒くも愛に満ちた祝福を背中で受け止めながら、私は最後の力を振り振り絞ってラストスパートを敢行した。スパートと言っても、キロ6分半から6分ペースへ引き上げた程度ではあるが、不思議なことに足のダメージはほとんど感じられず、「あと20キロは余裕で走れる」と思えるほどの全能感に満ち溢れていた。
前方に常呂のゴールゲートがその姿を現すと、脳内はただただ純粋な嬉しさと楽しさで満たされていく。さすがに感極まって涙が溢れるようなことはなかったが、今年は一歩一歩がワクワクするような高揚感に包まれ、思わず走りながらポケットからカメラを取り出し、ゴールゲートの姿を激写した。

最後は、長旅を戦い抜いた安堵の笑みと、目標を達成した満面の笑みが完璧にシンクロした、これ以上ないほどに幸福なゴールとなった。 数え切れないほどのボランティアの方々、沿道で声を枯らしてくれた地元常呂町の皆さん、そして大会関係者の尽力に、自身6度目となる無事の完走をもって、心からの深い感謝を捧げたい。
今年のサロマは、常に制限時間の壁に怯えながら走っていたこれまでのスタイルから一歩踏み出し、「ちょっと真面目に、アスリートとして走ってみる」ことを本気で実践した一戦だった。だからこそ、毎年恒例にしていた10キロ毎のリアルタイムブログ更新も敢えて封印し、数枚の写真を記録するだけに留めてレースに没頭した。
今まで決して手を抜いていたわけではない。毎回、その時の全力を尽くしてきた自負はある。しかし、道中のお祭り気分をほんの少しだけ引き締め、純粋な「レースモード」へと意識を切り替えるだけで、これほどまでに世界の景色が変わり、いつもより1時間近くも速くゴールできてしまうものなのか。
ウルトラマラソンという競技の奥深さを改めて知った今、来年は一体どんな走りを組み立てるべきか。その答えは、この充実した肉体の渇きを癒しながら、ゆっくりと時間をかけて見つけ出したいと思う。
- ゴールタイム:11時間10分台(自己ベストを約1時間更新!)



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