## 1. 大会公式リザルト(ファクト)
2011年10月2日、私は自分自身の限界を突破するため、普通のランナーでは考えられない「5km」と「ハーフマラソン」の同日ダブルエントリーという無謀とも言える挑戦を執行した。ここにその公式データを記録する。
【第1戦】オープン 5km
- グロスタイム:19分50秒
- 平均ペース:3分58秒 / km
- 総合順位:15位 / 729人
- 種目別順位:15位 / 727人
【第2戦】男子ハーフマラソン(40歳代) ※5kmゴールから1時間半後スタート
- ネットタイム:1時間38分03秒
- グロスタイム:1時間38分24秒
- 平均ペース:4分39秒 / km
- 総合順位:628位 / 4111人
## 2. 魂のレースレポート:モヤモヤをぶつけるための二連戦
予兆:40分切りを逃した悔しさを胸に
その年の6月、私は小樽運河ロードレース(10km)で自己ベストを更新したものの、目標としていた「40分切り」を達成できず、非常に悔しい思いを抱えたままサロマ湖100kmに突入していた。 シーズン後半になってもそのモヤモヤした思いは消えず、「自分をワンランク上に引き上げるモチベーション」を求めた結果、導き出した執念の答えが、札幌マラソンでの「ハーフの前に5kmを全開で走る」という前代未聞の選択だった。
前半戦:5km「絶対ペース」の証明とサブ20達成
5kmの目標はシンプルに「20分を切ること」。スピードランナーの仲間入りを果たすための、自分自身への挑戦状だった。 スタート直後の混雑を冷静にすり抜け、1km通過は手元の時計で3分47秒。そこからはあえて距離表示を見ず、日頃の練習で身体に刻み込んできた「キロ4分」の絶対ペース(感覚)だけを信じて突き進んだ。 真駒内屋外競技場に入り、人工芝に足を取られながらも全力でスパートを執行。
- 5kmゴールタイム:19分50秒(種目別15位)
目標だった「サブ20」をクリアし、確かな自信を手にした。しかし、本当の戦いはここからだった。
激闘戦:1時間半後のアナザー・スタートと外反母趾の悪戯
5kmを9割の出力(キロ3分58秒)で駆け抜けた直後、呼吸は荒く、周囲のランナーが寒さで震える中で一人汗だくという異様な状態でハーフのスタートラインへ向かう。自己ベスト大幅更新を見据え、目標タイムは「1時間33分」にロックしていた。
スタートのロスタイムはわずか21秒。最初の5kmは予定通り「23分00秒」の完璧なラップで通過し、すすきのの下り坂でギアを上げた。 しかし、駅前通りの三越前を堂々と折り返した直後、私をいつも苦しめる「いたずら好きな外反母趾」がピリピリと激痛を放ち始める。テーピングの緩みが仇となった。
執念の後半:痛み、強風、そして真駒内への這い上がり
10km通過は45分10秒。予定から40秒遅れ、外反母趾の激痛でスピードに乗れない。一般道から豊平川の河川敷に入るとメンタルも削られ、周りのランナーに抜かれる悔しさが襲う。自己ベストの更新が不可能と悟った瞬間、私の脳内に残ったのは「意地でも1時間40分は切る」という執念だけだった。
痛みをかばうために体重を足の外側に送り、無理に走ったことで大臀筋(お尻の筋肉)まで悲鳴を上げる。スピード重視のターサーを選択したことが裏目に出たか、真駒内公園の緩い上り坂では強風に行く手を阻まれた。 それでも、のどが渇き、脳天を突き刺す足の痛みを気合いでねじ伏せ、競技場のゲートをくぐって最後の力を振り絞る。
- ハーフゴールタイム:1時間38分24秒(ネット1時間38分03秒)
目標の1時間33分には届かなかった。しかし、5kmを全開で走った直後に、激痛と戦いながらキロ4分30秒台(ネット平均4分39秒)で21kmを押し切ったこの日の走りは、私のランニング人生において間違いなく「伝説」と呼べる激闘の一本となった。
## 3. この大会が教えてくれたこと(ランナーへのアドバイス)
10年前に初めて出場した札幌マラソンのタイムは1時間52分だった。そこから身体を酷使し、スケジュールを詰め込みながらも、10年で14分を縮めることができた。 このダブルエントリーを経て学んだのは、「自らにプレッシャーをかける有言実行スタイルの強さ」と、それと同じくらい重要な「シューズ選びやテーピング、きちんとしたメンテナンスの大切さ」である。
ランナーの皆さん、無謀な挑戦の裏には必ず徹底した足元のリスク管理が必要です。私のこの経験が、皆さんの限界突破の参考になれば幸いです。


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