トライアスロンへの道 第3話 800mを泳ぐのか

トライアスロンへの道

体験会の会場に着いた。

ここまで来ると、さすがに少し緊張する。

とはいっても、私はまだ「ちょっと体験してみるだけ」という気持ちだった。

水泳の練習もした。

市民プールにも5回くらい行った。

自転車にも一度乗った。

だから、まあ何とかなるだろう。

そんな軽い気持ちで会場に来た。

ところが、そこで私は改めて、とんでもない数字を目にすることになる。

スイム800m。

800m。

私は、その数字を見て固まった。

「……800?」

今ならまぁまぁあるね、と思うだろう。

でも当時の私にとって、この800という数字は、とんでもない数字だった。

何しろ私は25mも泳げない。

25mでも大変なのに、800mである。

25mの32倍。

「32倍か……」

そんな計算をしている場合ではない。

そもそも25mを泳ぎ切れるかどうか分からない人間が、800mを泳ぐことになっている。

1500m走れない人に、

「今日は42.195kmです」

と言うのと同じようなものだ。

私は完全に場違いだった。

しかも、さらに私を驚かせたことがあった。

水泳のコースを見ると、一つのコースを一人で使うわけではない。

なんと、3人くらいが同時に泳ぐ。

「えっ?」

私は思わず周りを見た。

これ、普通なの?

一つのコースに3人?

私は25mも泳げない。

そんな人間が、他の人と同じコースに入って泳ぐ。

しかも800m。

もう、何が何だか分からない。

私はランナーなので、ランニングなら何となく分かる。

大会で大勢の人が同時にスタートする。

それは普通だ。

でも、水の中は違う。

泳いでいる人の横を泳ぐ。

前に人がいる。

後ろから人が来る。

折り返した人が、前からやってくる。

自分が遅かったらどうなるんだ?

ぶつからないのか?

邪魔にならないのか?

そもそも、コースの途中で立ったらどうなるのか?

考えれば考えるほど、訳が分からなくなってきた。

そして私は、あることに気づいた。

逃げたい。

もう、帰りたい。

ここまで来ておいて何だが、今ならまだ帰れる。

「ちょっと用事ができました」

「体調が悪くなりました」

何か適当な理由をつけて帰ってしまえばいい。

Yさんには後で、

「やっぱり無理でした」

と言えばいい。

そもそも私は何度も「無理」と言っていたではないか。

だから帰っても誰も責めない……はずだ。

ところが、そんなことを考えている間にも準備は進んでいく。

周りの人たちは慣れた様子で準備している。

私は、その雰囲気についていくしかない。

そして気がつけば――

私は水の中にいた。

……しまった。

もう逃げられない。

さっきまで「帰ろうかな」と思っていたのに、もう水の中である。

しかも周りには、普通に泳げそうな人たちがいる。

私は水の中で、妙に落ち着かない気持ちになっていた。

「本当に800m泳ぐのか……」

頭の中で、もう一度その数字が浮かぶ。

800m。

私は25mすらまともに泳げない。

その男が、これから800m泳ぐ。

どう考えてもおかしい。

体験会、というから来たのにこの現実。

でも、もう水の中だ。

ここまで来てしまった以上、やるしかない。

私は覚悟を決めた。

いや、覚悟を決めたというより、

逃げるタイミングを完全に失った。

そして、いよいよスタートの時が近づいてきた。

この時の私は、まだ知らなかった。

自分が泳げるのか、泳げないのか。

800mどころか、次の25mまで行けるのか。

それすら分からない。

ただ一つ分かっていたのは、

「もう始まってしまう」

ということだった。

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