トライアスロンの体験会に申し込んでしまった。
とはいっても、私はまだトライアスロンをやるつもりなど、ほとんどなかった。
何しろ泳げない。
それでも申し込んでしまった以上、さすがに何もしないで行くわけにもいかない。
そこでYさんから、水泳の泳ぎ方がついて書かれた本をもらった。
「これを読んで勉強してください」
そんな感じだったと思う。
私は本を開いてみた。
水の中では力を抜く、バタ足のやり方、息継ぎのやり方。
いろいろ書いてある。
読んでいると、なるほどと思うこともある。
「息継ぎってこうやってやるのか」
「力を抜けば体は浮くのか」
少しずつイメージができてきた。
ただし、知識が増えたからといって、泳げるようになるわけではない。
そこで私は、市民プールへ行くことにした。
体験会までに、何度か練習しておこうと思ったのだ。
確か5回くらいはプールに行ったと思う。
今の自分なら、泳げない人が5回の自主練習で泳げるかどうかくらい想像できる。
でも当時は、そんなこともよく分かっていなかった。
とにかく水に入って、泳いでみる。
腕を動かす。
足を動かす。
……苦しい。
少し進む。
……苦しい。
足をつく。
またやってみる。
やっぱり苦しい。
そんなことを繰り返していた。
それでも、少しずつ何かが分かってきたような気はした。
水の中で体を動かすこと自体には、少し慣れてきた。
しかし、一番肝心なことは、なかなかできない。
25mの半分も泳げていない。
今考えれば当たり前である。
それまでまともに泳いだ経験がない人間が、何回かプールに行っただけで、いきなり泳げるようになるわけがない。
でも、その時の私は、
「もう少し練習すれば何とかなるかな」
くらいに思っていた。
ずいぶん楽天的である。
いや、楽天的というより、まだ事の重大さが分かっていなかったのだろう。
一方、自転車の方は少し話が違った。
トライアスロンをするには自転車も必要だ。
もちろん私はロードバイクなど持っていない。
そこで、Yさんの知り合いの自転車店からクロスバイクを貸してもらえることになった。
これも今考えると、かなりありがたい話である。
そして、一度だけ15kmほど乗ってみた。
すると――
これが結構楽しかった。
ペダルを踏めば、自分が思っていた以上にスイスイ進む。
ランニングとはまた違う爽快感がある。
風を受けながら走るのも気持ちいい。
「自転車って、結構面白いな」
この時、初めてそう思った。
少なくとも自転車については、何とかなりそうな気がした。
ランニングについては、もちろん問題ない。
フルマラソンを4時間以内で走れるようになったばかりだ。
5kmくらいなら、むしろ何の心配もない。
問題は――
やっぱり水泳だった。
10mしか泳げない。
それでも、体験会の日は近づいてくる。
私は本を読み、市民プールへ行き、自転車にも一度乗った。
準備としては、たぶんそんなものだった。
今振り返れば、
「それで準備したつもりなの?」
と思ってしまう。
しかし当時の私は、それなりに準備をしたつもりだった。
そして、いよいよ体験会の日がやってきた。
私はクロスバイクを用意し、会場へ向かった。
この時点でも、まだ私は本気でトライアスロンを始めるつもりではなかった。
あくまでも体験。
やってみて無理なら、
「やっぱり無理でした」
で終わる。
そのくらいの気持ちだった。
ただ一つだけ、気になっていたことがある。
水泳である。
25mも泳げない私が、いったいどこまで泳げるのか。
それだけは、実際にやってみなければ分からない。
そう思いながら、私は体験会の会場へ向かった。
この時の私はまだ知らなかった。
これから自分が、思っていた以上に「泳げない」という現実を突きつけられることを。
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