いよいよスタートした。
私は泳ぎ始めた。
……いや、泳ぎ始めたという表現が正しいのかどうか、今となってはよく分からない。
とにかく手を動かした。
足も動かした。
顔を水につけて、何とか前へ進もうとした。
そして数メートル。
苦しい。
立つ。
また泳ぐ。
数メートル。
立つ。
また泳ぐ。
立つ。
立つ。
また立つ。
これを何度繰り返したことだろう。
練習なら、それでもいい。
市民プールで一人で練習しているのなら、
「今日は10メートル進んだ!」
でも構わない。
しかし、今は違う。
これは一応、レースなのだ。
「体験会」という名前にはなっているが、参加している人たちは普通に泳げる。
私以外は。
周りを見ると、みんなスイスイ進んでいる。
私だけが、数メートル進んでは立っている。
そして、立った状態でハァハァ言って休んで、また泳ぐ。
当然、前にはなかなか進まない。
いや、正直に言えば――
歩いた方が明らかに速い。
水の中を歩けば、もっと簡単に前へ進める。
でも、それでは水泳にならない。
だから私は、一応「泳いでいるような形式」をする。
腕を回す。
足をバタバタさせる。
数メートル進む。
苦しくなる。
立つ。
また泳ぐ。
……何をやっているんだ、俺は。
自分でもそう思う。
しかも、周りには人がいる。
泳げる人たちが、私の横をどんどん追い抜いていく。
私は必死に泳いでいる。
いや、泳いでいるつもりだ。
でも、実際にはほとんど進んでいない。
顔から火が噴き出しそうなくらい恥ずかしかった。
「この人、何しに来たんだ?」
そう思われているに違いない。
もう帰りたい。
さっき会場に来た時にも帰りたかったが、今度は本気で帰りたかった。
しかし、途中で帰ることもできない。
私はまた泳ぐ。
数メートル進む。
立つ。
そしてまた泳ぐ。
その繰り返しだった。
たぶん、何十回も立ったと思う。
それでも、周りの人たちは嫌な顔一つしなかった。
むしろ、
「頑張って!」
「大丈夫!」
そんな声を掛けてくれる。
これが本当にありがたかった。
でも、ありがたいと思うほど、申し訳ない気持ちにもなった。
だって私は、みんなのペースを完全に乱している。
一人だけ、とんでもなく遅い。
しかも、数メートルごとに立っている。
今考えてみれば、なんと迷惑な選手だったのだろうと思う。
それでも誰一人として文句を言わない。
みんな最後まで応援してくれた。
私は恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいになりながら、それでも何とか前へ進んだ。
泳ぐ。
立つ。
また泳ぐ。
立つ。
それでも少しずつゴールに近づいている。
「800mって、こんなに長いのか……」
数字だけを見た時にも絶望したが、実際に水の中に入ってみると、その意味がよく分かった。
800mという数字は、泳げない人間にとっては本当に途方もない。
日が暮れるぞ、思いながらも私は進んだ。
正確には、
何度も立ちながら、泳いだふりをしながら、なんとか前へ進んだ。
そして、ようやく終わりが見えてきた。
「もう少し……」
周りの人たちに励まされながら、私は最後まで進んだ。
泳げたとは、とても言えない。
速くはないし、格好よくもない。
むしろ、かなり情けないし、恥ずかしい。
前の人が上がって何分も経ってから断トツの最下位が私。
それでも――
私は800mを終えた。
この時の私はまだ、「トライアスロンをやる人」ではなかった。
ただ、泳げないのに水の中へ入ってしまった男が、周りの人たちに助けてもらいながら、何とか最後までたどり着いただけだった。
でも、この日ひとつだけ分かったことがある。
泳げない。
確かに泳げない。
でも――
泳げなくても、とりあえず前には進めるらしい。
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