2014年サロマ湖100kmウルトラマラソン コース上の失神から奇跡の完走

大会レポート

【第1幕】野心に燃えた「10時間台への挑戦」と、静かなる号砲

前年の11時間台という果実を経て私の視線は「10時間台」を見据えていた。近年の登山やトレランで培った足腰に、昨年サブ3.5を達成したことで欲が出た。
喉のイガイガや心肺の不安という一抹の懸念はあったものの、サロマに向けての減量も順調で、前夜の完璧なカーボローディングが自信を支えていた。「キロ6分強の巡航」という攻めのプランを胸に、私はスタートラインに立った。

スタート位置はやや後方だった。しかし早朝にもかかわらず、半袖の肌をじっとりと包む空気は生温い。午前5時、号砲。ノロノロと動き出す人の波に揺られ、2分21秒後にスタートラインを通過した。長く熱いサロマの一日が、いよいよ幕を開けた。

【10km通過:1時間6分53秒 / 区間 1:04:32】 10kmまではキロ6分半の自重ペースを厳守したがその後はリミッターを解除し、キロ6分前後までギヤを跳ね上げる。だが、早くもウェアは噴き出す汗で重く湿り始めていた。

【20km通過:2時間8分11秒 / 区間 1:01:18】 毎年、三里浜のキャンプ場でランナーを鼓舞してくれた太鼓部隊が、今年はわずか4人に激減していたが、走りは快調そのものだった。タイムロスを恐れるあまり、恒例のトイレをスルーし、23km地点で僅かな小用を足すのみにとどめる。「このままいけば、本当に10時間台へ届くのではないか」――そんな考えが、脳裏をよぎっていた。

【第2幕】午前8時の熱砂、そしてコース上での「昏倒」

【30km通過:3時間11分11秒 / 区間 1:03:00】 午前8時の段階で、気温は早くも25℃へ到達していた。容赦ない日差しが肌を焦がし、狂気的な暑さがランナーを襲い、エイドのスイカには群がる人の山ができていた。私も毎回、頭からかぶり水を浴びて急場をしのぐが、体内温度の異常な上昇は確実に防衛ラインを超えた感じがあった。37kmでトイレに駆け込むも、何かが決定的に狂い始めている不吉な予感がぬぐえなかった。

【40km通過:4時間22分35秒 / 区間 1:11:24】 遮るもののないサロマ湖畔の直射日光が照りつける。朦朧とする意識の中、必死にキロ6分半にしがみつき、42.195kmのフル地点を4時間36分で通過した。しかし、肉体の限界の針は、ここで完全に振り切れてしまった。

フル地点を過ぎた瞬間、私の身体は突如として機能停止に陥った。太ももの前側から股関節にかけて、血管やリンパが限界までパンパンに膨張したような、得体の知れない圧迫感に襲われて足が動かない。次の瞬間、視界がグラグラと激しく歪み「マズイ、これはヤバい――」そう本能的な危機感に襲われた私は、道路脇のわずかな日陰へとなだれ込み、そのまま横たわった。

頭が鉛のように重く、ただ闇の中に沈んでいきたい感覚だった。脳裏をよぎる「リタイア」「救急車」の最悪なシナリオ。時間にして10分ほどだっただろうか、私は灼熱のコース上で完全に意識を飛ばし、半分眠り込んでいた。

通りすがりのランナーたちの声に弾かれるようにして、奇跡的に目が覚めた。「ここで止まるわけにはいかない」という執念だけで、泥を払って立ち上がった。私の異変を察したのだろう、近くを走るランナーがそっと並走し、語りかけてくれた。関西弁のイントネーションだけが耳に残り、内容は全く頭に入らなかったが、その温かい伴走のおかげで、私は壊れた人形のようにおかしなフォームのまま、再び前へと足を踏み出すことができた。

【第3幕】45kmの奇跡。未曾有の「大デトックス」による肉体超越!

下半身の異常な圧迫感を打破すべく、私は大幅な休憩を覚悟して45kmエイドの大型トイレへ籠城した。そこで、文字通り「奇跡」が起きることになる。

それは排泄などという生易しいものではなかった。この1週間、過酷な減量で胃腸を飢餓状態に追い込み、そこへ前日から突貫で詰め込んだ大量の炭水化物。それらが怒涛の勢いで一気にお披露目されたのである。100kmマラソンの途中で、溜まりに溜まったすべての宿便を五臓六腑から絞り出すかのような、驚異の大解放であった。

すると、どうだろう。便器から立ち上がった瞬間、私を苦しめていた股関節周りのあの不気味な圧迫感が、跡形もなく消え去っていたのである。それどころか、まるで重力から解放されたかのように、身体全体が羽毛のように軽い。「……行ける、これなら戦える!」エネルギーがみなぎり、私は驚くべき軽快さでコースへと舞い戻った。

【50km通過:5時間54分56秒 / 区間 1:32:11】 周囲の気温は26~27℃まで跳ね上がり、アスファルトからは激しい陽炎が立ち上っていた。例年ならここを耐えれば涼しくなるはずだが、今日の最高気温は15時頃という絶望的な予報。レストステーションでは、渇いたスポンジが水を吸うように水とお茶をがぶ飲みし、偶然見つけた同行メンバーのFさんと力強く言葉を交わしてリスタートした。精神は完全にポジティブへと回帰していた。

【60km通過:7時間18分04秒 / 区間 1:23:18】 緩やかなアップダウンを迎え、下り坂の慣性を利用して「走る歓び」を肉体に思い出させる。一度地に落ちたペースを戻すのは至難の業だが、63kmで3回目の小用を足し、ひんやりとした緑の森を抜ける頃には心地よい充実感に包まれていた。さあ、ここからは浜佐呂間の熱烈な私設エイド地帯だ。

【70km通過:8時間41分09秒 / 区間 1:23:05】 伝説の「斉藤商店」へなだれ込み、キンキンに冷えた濡れタオルで大腿部を冷却した。甘美なトマトやメロン、ゼリーを貪り食う。さらに70km手前では、北海道民のソウルドリンク「リボンナポリン」を発見した。喉を突き刺す強炭酸の刺激にテンションを爆上げし、アドレナリン全開のまま70kmの関門を駆け抜けた。エイドの誘惑に寄り道しすぎて時間は消費したものの、私の中に宿っていた疲労は完全に霧散していた。

【第4幕】独自のワッカルールと、歓喜のラストロード

【80km通過:10時間04分50秒 / 区間 1:23:41】 サロマの至宝「おしるこ」を贅沢に1個堪能した。甘美な誘惑を放つリタイア用テントに後ろ髪を引かれつつ、聖地・ワッカ原生花園の入り口へと辿り着く。昔の制限時間なら足切りのタイミングだった。だがここから、私独自の「ワッカ特別ルール(エイドまではとにかく走る、エイド通過後の100mのみ歩行を許可する)」を発動する。

少々エイドが多いために歩行頻度が上がり、想定より時間はかかったものの、今年は例年になく咲き誇るワッカの可憐な花々が、荒んだ心を優しく癒やしてくれた。往路では同行メンバーのMドクター夫妻と劇的なすれ違いを果たし、互いの健闘を称え合う。身内を前に、格好悪い姿(歩く姿)だけは見せられないというプライドが、さらに足を前へと押し出した。

【90km通過:11時間27分36秒 / 区間 1:22:46】 ここでさらに「90kmから91kmまでの1kmは、いかなる理由があろうとも丸々歩く」という追加ルールを適用した。一見、無意味に思える温存策だが、この大胆な完全休養が奇跡をもたらす。91km地点に達したとき、私の身体は完全に「フルリカバリー」へと覚醒していた。エネルギーが満ち溢れ、もはや歩く理由などどこにもない。

残り2km。周囲のランナーも、もはや誰一人として歩いていない。今日一日の地獄の猛暑、かぶり水を浴び続けた記憶、コース上での昏倒、そしてあの劇的な大便による復活……12時間以上に及んだサロマ湖での喜怒哀楽のすべてを噛み締めながら、一歩一歩、大地の感触を確かめるように進む。

制限時間が迫り、ゲート前は大混雑となっていた。ゴール写真でピンを飾るためのスペースを探す余裕すらないまま、私は驚くほどのスプリントで、熱狂のゴールゲートへと飛び込んだ。

🏁 フィニッシュタイム:12時間48分20秒(ラスト10km区間 1:20:44)

完走率55.8%という、この年のサロマにおいて、これほど安堵の念に震えたゴールはなかった。一時はコース脇に眠り込むという、完全に終わったと思ったレースを、諦めない執念と「腸内大革命」によってひっくり返した大逆転のドラマ。

走った仲間4人、支えてくれた応援5人という最高の陣容に深く感謝しつつ、ウルトラマラソンという「一日の贅沢な長さ」を改めて五感で思い知らされた、生涯忘れることのない熾烈な一戦となった。

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