フルマラソンへの道 その8 ついにレースの舞台へ

フルマラソンへの道

30歳を過ぎて決意したダイエットがジョギングになり、そのままフルマラソンでサブ4を達成するまでの回顧録です。

その年の5月に10kmレースへ出場することを決めていた私は、4月に入ってからようやく練習のペースを上げ始めた。

6km、7km、8km、9kmと少しずつ距離を伸ばし、いよいよ10kmの練習を始めた。それも大会のわずか1週間前だった。

今でこそ多少はマラソンの知識も身についたが、当時は大会へ向けた練習方法や調整の仕方など、まったく知らなかった。

今なら大会の1週間前に本番と同じ10kmを全力に近いペースで走ることはまずない。レース前は疲労を抜きながらコンディションを整える「調整」が大切だということを知っている。

しかし、当時の私にはそんな知識はなかった。

「大会で10km走るなら、練習でも10km走れなければ話にならない。」

本気でそう思っていたのである。

大会の1週間前と3日前に、本番と同じ10kmをキロ5分前後のペースで走り切り、大満足。

「あとは風邪をひかないことだけだ。」

そんな気持ちで大会当日を迎えた。


そして、いよいよ人生初のマラソン大会。

正確に言えば、中学生の頃にも校内マラソン大会はあった。

でも、あれはせいぜい5~6km程度だったと思う。

当時の順位も学年で3分の1くらい。

「速くはない。でも遅くもない。」

そんな、ごく普通の生徒だった。

まさか大人になってから、自分がマラソン大会に出場するようになるとは夢にも思っていなかった。


当日の服装は、ごく普通のTシャツに短パン。

今のようなランニングウェアも持っていなかった。

それでも気分だけはオリンピック選手だった。

初めてゼッケンを付ける。

それだけで胸が高鳴った。

大会は、札幌市内の豊平川河川敷を走る公認コース。

「第14回 日刊スポーツ春さわやかマラソン」

前日にゼッケンを受け取っていたので、当日は少し余裕を持って会場へ向かった。


たまたまその年は、ゲストランナーとして有森裕子さんが参加していた。

テレビで見ていた選手が、同じ大会にいる。

それだけでも十分興奮した。

周りでは多くのランナーがウォーミングアップをしている。

私もつられて軽くジョギングを始めた。

そして、10kmのスタート時間が近づく。

競技場のスタートラインには、すでに何百人ものランナーが並んでいた。

前の方には速そうな選手が並び、後ろには初心者らしきランナーもいる。

でも、自分がどこに並べばいいのかなんて分からない。

「とりあえず真ん中くらいでいいか。」

そう考えて列に加わり、スタートの号砲を待った。

そして、人生初めてのマラソン大会が幕を開けた。

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