プロローグ
2017年のスタートラインに立つ私の状態は、客観的に見て「完走は極めて厳しい」と言わざるを得ないものでした。その動かぬ証拠が、私の当時の月間走行距離データです。
1月25km、2月71km、3月38km、4月77kmと4か月で211km、5月に175kmを走り本番に向かっていたものの、この年完走すれば記念すべき10回目(サロマンブルー)となるため、あとは気合だけという思いを胸に、私は雨の湧別へと向かいました。
序盤のトイレ地獄(スタート~40km)
朝から雨が降りっぱなしの中でスタート位置はほぼ最後尾から、号砲も聞こえないままスタートライン通過は4分6秒後で、しばらくは周りの流れに任せてトボトボ走ります。

湧別町を一周してスタート会場に戻ってきた時トイレに行くか迷ったのですが、「毎年三里浜でトイレ大をしているからそこまで持つだろう」とスルーしたのが間違いでした。
7キロ過ぎ、私の下腹部は一気に臨界点(緊張状態)に達しました。ペースが落ち歩道に移って慎重に走るものの、とても走れる状態ではない。しかも、10キロの制限時間が目の前に迫り「漏らすのを覚悟で走るか、安全に進んで関門に引っかかるか」という心境。
9キロ過ぎのトイレにたどり着いた時には10人ほどの行列。まともに待っていたら100%関門アウトですが、歩くことすらままならない私は、脂汗を流しながら祈るように待つしかありませんでした。何とか空いた個室に滑り込んだものの、なかなか止らない……。
あとでGarminのデータを見るとこの9ラップ目の1kmになんと「18分16秒」を費やしています。
時計を見ながら外に出てみると、そこにはもう誰一人いませんでした。選手はもちろん、ボランティアの人も警備の人もいない、完全に大会が過ぎ去ったただの道路。遥か彼方に、最後尾を誘導するパトカーの赤い回転灯だけが寂しく光っていました。

「サロマンブルーを目指すレースで、10キロ関門に引っかかるなんて冗談にもならない!」
そこからは必死です。どこが10キロ地点なのかも解らないまま、私は前方のパトカーの列を追いかけて全力で本気で走りました。後からGarminのデータを見て驚愕したのですが、この時の私のラップは4分40秒、瞬間最高ペースはなんと「3分42秒/km」を叩き出していたのです。
必死のダッシュの末、車列の陰に10キロの関門テントが見えたとき、残り時間は1分を切っていました。通過したのは関門閉鎖のわずか46秒前。本当に生きた心地がしませんでした。
🟩 10km:1時間22分(1:18:08)
10キロの関門付近を4分を切るペースで走ってしまったので、その流れで5分半ペースで巡航。ようやく私以外の最後尾選手を抜き、ビリから解放されました。
しかし、前日に飲んだコーヒーが完全に効いてしまい、ここから何度もトイレ(小)に行くことに。ペースは刻めているものの、なかなかタイムが稼げないもどかしい時間が続きます。
🟩 20km:2時間24分(1:02:20)
🟩 30km:3時間34分 (1:09:40)
🟩 40km:4時間47分(1:12:47)
序盤だけでトイレには10回は行ったでしょう。Garminのデータを見ても、20km〜40kmの間に数キロごとに下へ落ちる針が連発していました。毎回一休みする42.195kmのフル地点も、この日は完全スルーで急ぎました。
とにかく走るペースだけは6分半位を死守し、地道に、地道に、前のランナーを拾っていきます。
中盤の覚醒と天候の急変(40km~70km)
地道にペースを落とさず走り続け、ようやく「キロ7分ペース(完走の目安)」の貯金ラインに追いついたのが、この50キロ地点でした。ここでようやく、心の中で不敵な笑みが浮かびます。「これから俺のサロマが始まる」、と。
🟩 50km:5時間52分(1:05:07)
10キロ以降はそれなりにペースを刻んでいたので地味に汗をかいており、50キロ過ぎからは一旦ゴミ袋を外して体温を下げるほどの余裕も出てきました。
その後は同行メンバーのF先生、M先生をパス。徐々にサロマの走りと痛み、ダルさを思い出してきました。レストステーション(54.5km)の滞在は5分以内と決めていたので、お茶を飲みながらたわら結びを2個いただきそのままリスタート。コースに戻ると突然また雨が降りだしたため、再びゴミ袋を被ります。
🟩 60km:7時間04分 (1:11:52)
70キロ地点を通過する頃には、雨が横殴りになってきました。視界も怪しく、何故か目の前の道路が二重に見え始めます。体温が落ちてヤバい状態なのか、単なる雨のせいなのか解りませんが、「気のせいだ」と思って足を動かし続けました。
🟩 70km:8時間27分(1:23:00)
終盤の執念(70km~ゴール)
周りのランナーの半分くらいが歩く中、私は鶴雅リゾートのおしるこだけを楽しみに一歩一歩進みました。冷え切った体に常温のおしるこを2杯いただき、完全に息を吹き返します。
おしるこからリスタートすると、後ろから追いついてきた網走のKさんと合流。大きな水溜りを避けながら、登山や山の話を中心に楽しく並走します。
🟩 80km:9時間44分(1:17:14)
そしていよいよ、誰もが足を止める魔のワッカ原生花園へ。
いつもなら細かい上り下りで必ず歩く私が、この日は珍しく歩かずに走りました。これ以上体を冷やしたくないからか、不思議と体が勝手に走ってくれたのです。実際にGarminのラップを見ても、80km台後半で6分04秒や6分24秒という、終盤とは思えない見事なラップを刻んでいました。
🟩 90km:10時間59分(1:15:22)
とはいえ、ワッカの中でもきっちり4回くらいトイレに並びました。タイムロスは痛いですが、安全に完走するためには必要な犠牲です。
ワッカを出る頃には中途半端なタイムになることは確定していましたが、一歩ずつ、確実にゴールへの距離を縮めていきました。そして……
🟩 100km:12時間08分(1:09:03)
初完走から12年かかりましたが、ようやく10回目の完走を果たし、サロマンブルーの権利を得ることができました。
レース後にGarminのデータを徹底的に解析した結果面白いことが分かりました。
【完全停止のロジック】
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| Garminが記録した「動いていない総時間」 | 22回 / 計54分 |
| エイド等での純粋な休憩時間 | 大エイド4分、斉藤商店2分、おしるこ5分の計11分 |
| 純粋にトイレにかかったロスタイム | 19回 / 計43分 |
19回のトイレで43分。1回あたり約2分15秒というF1のピットイン並みのスピードでお腹のトラブルを処理し、コースへ飛び出し続けていたことになります。

グラフを見ていただくと分かるとおり、下に向かって垂直に突き刺さる鋭い針が、まるで心電図のように19本以上乱立しています。9km地点のトイレでスッキリした後、関門ギリギリとなり上にピンと跳ね上がった小さなツノ(3分42秒の関門ダッシュ)もクッキリ残っています。
エピローグ
ゴール後、寒さから解放されたくてそそくさと着替え、同行メンバーと合流して弁当を食べながら談笑していると、驚くべき事実が発覚します。
「なんと、同行メンバーで100キロを完走したのは、私だけだった!!」
過去最低の練習量でスタートは最後尾。9kmでお腹は崩壊し、10km関門は46秒前通過。客観的に見れば、その日一番リタイアに近かったはずの私が、諦めなかった結果ゴール出来た。
私は過去のサロマ出場の中で、コース上で大便をした回数は盛らずに数えても通算40回近くトイレに寄っています。
ですから数回トイレに行ったくらいで「もうダメだ」なんて絶対に諦めないでください。
お腹が痛くなったら、出せばいい。関門が迫ったら、脳のブレーキを外して爆走すればいい。諦めなければ、あなたの足にも必ず「火事場の馬鹿力」が宿ります。


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