トライアスロンへの道 第23話 2000m泳いだ

トライアスロンへの道

私の横を、平泳ぎの選手がスーッと抜いていった。

「えっ、平泳ぎ……?」

一瞬、目を疑った。

私はクロール。

相手は平泳ぎ。

普通に考えれば、クロールのほうが速い。

ところが、その平泳ぎの選手は、私より明らかに速かった。

あっという間に離れていく。

私は必死にクロールを続けている。

それなのに、平泳ぎに抜かれる。

ちょっとショックだった。

でも、だからといって急に速く泳げるわけでもない。

ここで無理をしたら、途中で泳げなくなる。

そう思って、結局いつものペースに戻った。

ゆっくり。

とにかく、ゆっくり。

2回クロールして呼吸。

また2回。

波が来たら、少し待つ。

苦しくなったら、さらにゆっくり。

もう、速さはどうでもよくなってきた。

とにかく前へ進めばいい。

そう考えることにした。

周りの選手は、どんどん先へ行ってしまう。

最初は、

「自分は最後なのではないか」

と気になっていた。

でも、しばらくすると、それすら気にならなくなった。

どうせ速く泳げない。

だったら、自分のペースで泳ぐしかない。

プールで練習していたときと同じように、淡々と腕を回す。

ただし、プールとは違う。

壁がない。

底も見えない。

波がある。

そして、時々クラゲがいる。

それでも、ウェットスーツのおかげで身体は沈まない。

これは本当に助かった。

海水とウェットスーツの浮力で、身体を浮かせていること自体には、それほど力を使わなくていい。

あとは泳ぐだけ。

……と言っても、そんなに簡単ではない。

前を確認するために顔を上げる。

すると泳ぎが止まる。

また進む方向を修正する。

そしてまた泳ぐ。

まっすぐ泳げているつもりでも、実際にはかなり曲がっていた。

「まあ、ゴールの方向には進んでいるだろう」

そんな程度だった。

途中で何度か周りを見る。

前にはほとんど選手がいない。

後ろにも、あまり見えない。

完全に取り残された感じがする。

それでも、焦らなかった。

というより、焦ってもどうしようもない。

速く泳ぐ技術がないのだから。

だから、

泳ぐ。

息をする。

泳ぐ。

また息をして時々方向を確認する。

それを繰り返した。

しばらくすると、少しずつ身体が海に慣れてきた。

スタート直後のような恐怖感も薄れてきた。

「意外と何とかなるかもしれない」

そう思い始めた。

もちろん、速くはない。

ものすごく遅い。

でも、止まってはいない。

これが大事だった。

2,000メートルという距離は、最初から考えると途方もない。

だから、距離のことも考えない。

「あと何メートル」

などと考え始めると、長すぎる。

ただ、目の前を少しずつ進む。

その繰り返し。

途中、前方に見覚えのある選手がいた。

以前参加した体験会で一緒だった女性だった。

「あれ、この人……」

そう思って手で合図した。

向こうも私に気づいたのかどうかは分からない。

でも、知っている人が見えたことで、少しだけ安心した。

「自分だけが取り残されているわけじゃない」

そんな気がした。

そして、また泳ぐ。

抜かれる。

また抜かれる。

それでも泳ぐ。

気がつけば、ゴールが近づいてきた。

最後まで速くなることはなかった。

きれいなクロールでもなかった。

海の中で何度も方向を確認しながら、ただひたすら進んだ。

そして、ようやく2,000メートルを泳ぎ終えた。

時計を見る。

53分。

速いのか遅いのか。

そんなことは、もうどうでもよかった。

とにかく、

泳げた。

25メートルも泳げなかった男が、海で2,000メートル泳いだ。

それだけで十分だった。

……と思った。

しかし、トライアスロンは、ここで終わりではない。

むしろ、

ここからが長かった。

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