トライアスロン体験会を終えた私は、すっかり満足していた。
いや、満足というより、
「もう、トライアスロンはコリゴリだ」
というのが正直なところだった。
水泳では800mをコース途中で何十回も途中で立ちながら、何とか最後まで進んだ。
自転車では本格的なロードバイクに囲まれ、私だけクロスバイク。
最後のラン5kmは、マラソンを走っていた私にとってはあっという間だったが、だからといって「またやりたい」と思うほどのものでもなかった。
これで終わり。
私はそう思っていた。
ところが――
世の中、そう簡単には終わらせてくれない。
またしてもYさんである。
「来年、大会に出ましょうよ」
「いやいや、無理ですよ」
「大丈夫ですよ~」
このやり取り、体験会の前にもやった気がする。
私は一度断っている。
体験会にも出た。
そして実際にやってみて、
「やっぱり無理だ」
と思った。
それなのにYさんは、まったく諦めない。
今考えると、結構強引だったと思う。
でも、Yさんの言葉を聞いていると、
「もしかしたら、俺にもできるんじゃないか?」
という気持ちが少しずつ出てくる。
フルマラソンだって、最初から4時間を切れたわけではない。
数年かけてようやく4時間を切った。
だったらトライアスロンだって、練習すれば何とかなるのではないか。
そんな気持ちが、少しずつ大きくなっていった。
そして、とうとう私は、
2年後の大会出場を目指してみることにした。
……とはいっても、まだ水泳はまともに泳げない。
自転車も持っていない。
そもそもトライアスロンのことを、ほとんど知らない。
それでも「やってみる」と言ってしまった。
ここからが、私のトライアスロン生活の始まりだった。
まず問題になったのが、自転車である。
体験会で借りたクロスバイクでも走れないことはない。
でも、周りはみんなロードバイクだった。
当然、自分もロードバイクが欲しくなる。
しかし当時の私は、ロードバイクについて何も知らない。
どんな自転車を買えばいいのか。
何が良いのか。
どこを見ればいいのか。
そもそもロードバイクにいくらくらいお金が掛かるのか。
そんなことすら分からない。
すると、またYさんが登場する。
「ちょうど、おさがりがありますよ」
「えっ?」
なんと、Yさんが以前使っていたロードバイクを安く譲ってくれるという。
これはありがたい。
新品を買うより、ずっと安く手に入る。
初心者の私には、それで十分だろう。
そう思って、ありがたく譲ってもらうことにした。
ところが――
届いたロードバイクを見て、私はまた別の問題に気づく。
ほとんどフレームしかない。
……え?
色々足りない部品があるようだけど?
今なら当たり前だと思う。
でも当時の私は、そんなことも知らなかった。
フレームがあって、ホイールがあって、ハンドルがあって、サドルがあって、ペダルがあって……。
さらに変速機やブレーキなど、いろいろな部品が必要になる。
つまり、
「安くロードバイクを手に入れた」
と思ったら、
「これから大量の部品を買わなければならない」
ということだった。
しかも、自分で取り付けられるわけがない。
自転車の知識なんて、ほぼゼロ。
結局、自転車店に持ち込んで、必要な部品を一つ一つ選んでもらい、取り付けてもらうことになった。
「あれも必要です」
「これも必要です」
「これも付けた方がいいですよ」
と言われるたびに、
「そうなんですか」
と答えるしかない。
何しろ、何が必要なのかすら分からない。
今考えると、私は完全にカモ……いや、初心者だった。
でも、その時はそんなことを考える余裕もない。
自転車が完成していくのが、なんとなく嬉しかった。
フレームだけだったものに、少しずつ部品が付いていく。
ホイールが付き、変速機が付き、ブレーキが付き、もちろんタイヤも購入した。
気がつけば、ちゃんとしたロードバイクらしい姿になっている。
「おお、格好いい」
私はすっかり嬉しくなっていた。
水泳では25mも泳げなかった。
体験会では800mに絶望した。
そして「もうコリゴリ」と言っていたはずなのに。
今、目の前には自分のロードバイクがある。
こうして私は、知らず知らずのうちにトライアスロンという世界へ一歩ずつ入り込んでいた。
まだ2年後の大会まで、かなり時間がある。
「まあ、これから練習すれば何とかなるだろう」
――そう。
この時の私は、まだ知らなかった。
トライアスロンというものが、
自転車を買ったら終わりではなく、そこからが本当の沼の始まりだった
ということを。
コメント