アーチェリーArchery
弓で矢を放ち、静止した的の中心にいかに近づけるかを競う競技。1976年モントリオール五輪で道永宏が日本人初のメダルを獲得して以来、山本博、古川高晴とメダリストの系譜が続き、2020年東京大会では日本男子団体が史上初のメダルを手にした。
的までの距離
五輪復活
五輪メダル数
日本団体初
1人72射(12エンド×6射)を放ち、合計得点で本戦のシード順を決定する予選方式。安定した精度が問われる。
1対1で3射ずつを撃ち合い、得点の高い方が2点(同点は1点ずつ)を獲得。個人戦は先に6点を獲得した方が勝利する。
弓の先端が反り返った形状の弓を使用する、五輪でも採用されている伝統的な部門。個人・団体・混合団体の3種目がある。
滑車(プーリー)機構により少ない力で弓を保持できる部門。五輪種目ではないが、ワールドゲームズなどで盛んに行われている。
41歳、20年ぶりの快挙が示した「継続」の価値
山本博は1984年ロサンゼルス五輪で21歳のときに銅メダルを獲得し、日本アーチェリー界に新たなメダリストとして名を刻んだ。しかしその後はソウル8位、バルセロナ17位、アトランタ19位、シドニーは代表落選と、長い低迷期を過ごすことになる。
それでも山本は競技を続け、2004年アテネ五輪、41歳にして自身2個目となる銀メダルを獲得。実に20年ぶりのメダル獲得は日本中に大きな驚きと感動を与え、その後を追う古川高晴ら次世代選手たちの道しるべともなった。
同志社大学在学中の19歳で日本人アーチェリー史上初のメダルを獲得した先駆者。両親ともに選手という環境で育った。
21歳での銅メダルから20年後、41歳で銀メダルを獲得。長い競技人生の末に掴んだ2個目のメダルは大きな話題となった。
アテネからパリまでオリンピック6大会連続出場。個人・団体を通じて日本人最多となる複数のメダルを獲得した現代の第一人者。
2020年東京五輪で獲得した銅メダルは、日本の団体戦としては史上初のオリンピックメダルという快挙だった。

