馬術Equestrian
人と馬が心を通わせ、技と美しさを競うオリンピック競技。男女の区別なく同じ土俵で戦う数少ない種目でもある。パリ2024では日本代表が92年ぶり・団体では史上初のメダルを獲得。「人馬一体」の一語に込められた歴史と挑戦を紹介する。
総合
種目化
ぶり
日本メダル
史上初
決められた順序・場所で人馬一体の技を披露する採点競技。「馬のフィギュアスケート」とも称され、微細な合図で馬を操る技術と、優雅さ・正確さが得点を左右する。
コース上に設置された10数個の障害物を、落下や拒否なく規定タイム内に飛び越えていく種目。減点が最も少ない、あるいはタイムが最も速い人馬が勝者となる。
馬場馬術・クロスカントリー(野外障害)・障害馬術の3種目を数日間かけて行い、合計減点で順位を競う。人馬の総合力と持久力が問われ、「馬術のトライアスロン」とも呼ばれる。
| 種目 | 実施内容 | 判定方式 |
|---|---|---|
| 馬場馬術 | 決められた運動パターンの演技 | 芸術点(加点方式) |
| 障害馬術 | 障害物の飛越(規定タイム内) | 減点方式(落下・拒否・時間超過) |
| 総合馬術 | 馬場・クロスカントリー・障害の3日制 | 3種目合計の減点方式 |
馬体検査による選手交代の逆境を乗り越え、最終種目で順位を上げる
パリ2024総合馬術団体で、日本代表チームが銅メダルを獲得した。日本選手の馬術でのメダル獲得は、1932年ロサンゼルス大会の障害馬術個人で西竹一が金メダルを獲得して以来92年ぶり。団体としては史上初めての快挙となった。
初日の馬場馬術を終えて暫定5位、2日目のクロスカントリー終了時には暫定3位につけたが、最終日の馬体検査で出場人馬の交代を余儀なくされ20点の加算減点を受け、一時は暫定5位まで後退。それでも最終種目の障害馬術で、代役出場となった田中利幸、続く戸本一真がミスのない騎乗を見せ、順位を押し上げて銅メダルを確定させた。
愛馬「ウラヌス」とともに1932年ロサンゼルス五輪の障害馬術個人を制した日本馬術史上初の金メダリスト。「バロン西」の愛称で国際的にも知られたが、太平洋戦争の硫黄島の戦いで戦死した悲劇の英雄でもある。
1964年東京五輪に23歳で初出場した後、外資系製薬会社の社長を経て競技に復帰。67歳で北京五輪に44年ぶりに出場し、日本人の五輪最高齢出場記録を樹立。71歳のロンドン五輪でも代表を務めた。
長年日本の総合馬術を牽引してきたベテラン。パリ2024団体銅メダル獲得メンバーの中心選手として、若手選手を支える役割も果たしている。
団体決勝最終種目の障害馬術で、減点のない完璧な騎乗を披露しメダル獲得に貢献。馬体検査による混乱の中でもチームを支えた勝負強さが光った。


