馬術とは 人馬一体の中で技と美しさを競う

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馬術Equestrian

人と馬が心を通わせ、技と美しさを競うオリンピック競技。男女の区別なく同じ土俵で戦う数少ない種目でもある。パリ2024では日本代表が92年ぶり・団体では史上初のメダルを獲得。「人馬一体」の一語に込められた歴史と挑戦を紹介する。

3種目
馬場・障害・
総合
1912
五輪正式
種目化
92年
ぶり
パリ2024
日本メダル
🥉
団体では
史上初
📋
基本データ BASIC DATA
分類
馬術(人馬一体の採点・減点競技)英名:Equestrian
五輪種目
馬場馬術・障害馬術・総合馬術の3種目。各種目に個人戦・団体戦がある
特徴
オリンピック種目の中で数少ない男女混合種目。年齢制限もなく、動物(馬)と組んで競う唯一の五輪競技でもある
採点方法
馬場馬術は芸術点方式(技の正確さ・美しさを加点)。障害馬術・総合馬術は減点方式(落下・拒否・時間超過などに応じて減点)
馬体検査
競技前に馬の健康状態を確認する「馬体検査」が行われ、不適合と判断されると出場選手・馬の交代を余儀なくされることもある
統括団体
国際馬術連盟(FEI)/日本:公益社団法人 日本馬術連盟(JEF)
五輪採用
1900年パリ大会で一部種目が実施された後、1912年ストックホルム大会から馬場・障害・総合の3種目が正式に確立
🐎
3つの種目 THREE DISCIPLINES
🩰
馬場馬術(ドレサージュ)
60m×20mの馬場で実施

決められた順序・場所で人馬一体の技を披露する採点競技。「馬のフィギュアスケート」とも称され、微細な合図で馬を操る技術と、優雅さ・正確さが得点を左右する。

🚧
障害馬術(ジャンピング)
障害物を落とさず飛越

コース上に設置された10数個の障害物を、落下や拒否なく規定タイム内に飛び越えていく種目。減点が最も少ない、あるいはタイムが最も速い人馬が勝者となる。

🏇
総合馬術(イベンティング)
馬場・クロスカントリー・障害の複合

馬場馬術・クロスカントリー(野外障害)・障害馬術の3種目を数日間かけて行い、合計減点で順位を競う。人馬の総合力と持久力が問われ、「馬術のトライアスロン」とも呼ばれる。

種目別の実施内容
種目実施内容判定方式
馬場馬術決められた運動パターンの演技芸術点(加点方式)
障害馬術障害物の飛越(規定タイム内)減点方式(落下・拒否・時間超過)
総合馬術馬場・クロスカントリー・障害の3日制3種目合計の減点方式
🥉
パリ2024——92年ぶりのメダル、団体では史上初 PARIS 2024
🇯🇵 TEAM JAPAN · 総合馬術団体 銅メダル

馬体検査による選手交代の逆境を乗り越え、最終種目で順位を上げる

パリ2024総合馬術団体で、日本代表チームが銅メダルを獲得した。日本選手の馬術でのメダル獲得は、1932年ロサンゼルス大会の障害馬術個人で西竹一が金メダルを獲得して以来92年ぶり。団体としては史上初めての快挙となった。

初日の馬場馬術を終えて暫定5位、2日目のクロスカントリー終了時には暫定3位につけたが、最終日の馬体検査で出場人馬の交代を余儀なくされ20点の加算減点を受け、一時は暫定5位まで後退。それでも最終種目の障害馬術で、代役出場となった田中利幸、続く戸本一真がミスのない騎乗を見せ、順位を押し上げて銅メダルを確定させた。

🇯🇵
注目の選手 PLAYERS
西 竹一(にし たけいち)
ロサンゼルス1932 障害馬術個人 金メダル

愛馬「ウラヌス」とともに1932年ロサンゼルス五輪の障害馬術個人を制した日本馬術史上初の金メダリスト。「バロン西」の愛称で国際的にも知られたが、太平洋戦争の硫黄島の戦いで戦死した悲劇の英雄でもある。

法華津 寛(ほけつ ひろし)
北京2008・ロンドン2012出場/日本人五輪最高齢出場記録

1964年東京五輪に23歳で初出場した後、外資系製薬会社の社長を経て競技に復帰。67歳で北京五輪に44年ぶりに出場し、日本人の五輪最高齢出場記録を樹立。71歳のロンドン五輪でも代表を務めた。

大岩 義明(おおいわ よしあき)
パリ2024 総合馬術団体 銅メダル

長年日本の総合馬術を牽引してきたベテラン。パリ2024団体銅メダル獲得メンバーの中心選手として、若手選手を支える役割も果たしている。

戸本 一真(とのもと かずま)
パリ2024 総合馬術団体 銅メダル

団体決勝最終種目の障害馬術で、減点のない完璧な騎乗を披露しメダル獲得に貢献。馬体検査による混乱の中でもチームを支えた勝負強さが光った。

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歴史の足跡 HISTORY
1900年
パリ五輪で馬術の一部種目(障害馬術など)が初めて実施された。
1912年
ストックホルム五輪から馬場馬術・障害馬術・総合馬術の3種目が正式に確立し、以降のオリンピック馬術競技の基本形となった。
1932年(日本)
ロサンゼルス五輪の障害馬術個人で西竹一が愛馬ウラヌスとともに金メダルを獲得。「バロン西」の愛称で国際的にも名を馳せたが、後に太平洋戦争の硫黄島で戦死した。
1964年(日本)
東京五輪の障害馬術に23歳の法華津寛が初出場。後年、日本人最高齢でのオリンピック出場記録を作ることになる長いキャリアの出発点となった。
2008年(日本)
北京五輪の馬場馬術に67歳の法華津寛が44年ぶりに出場し、日本人選手として史上最高齢でのオリンピック出場記録を樹立した。
2012年(日本)
ロンドン五輪の馬場馬術に71歳の法華津寛が出場し、自身の最高齢記録を更新した。
2024年(日本)
パリ五輪の総合馬術団体で日本代表が銅メダルを獲得。1932年の西竹一以来92年ぶり、団体としては史上初となる日本馬術のオリンピックメダルとなった。