アルペンスキーAlpine Skiing
雪山の斜面を滑り降り、タイムを競う冬季競技。高速系と技術系、性格の異なる4種目で構成される。1956年コルティナ・ダンペッツォ大会での猪谷千春の銀メダルは、日本の冬季オリンピック史上初のメダル。それ以来続く「もう一つの表彰台」への挑戦を紹介する。
GS・回転
(複合のみ)
冬季五輪メダル
回転(唯一)
アルペンスキーの中で最も高速かつ最長のコースを1本のみ滑走する種目。旗門の間隔が広く、直滑降に近いスピードが出る。度胸とライン取りの読みが勝敗を分ける。
滑降よりやや旗門が多く技術要素が加わるが、依然として高速系種目。1回の滑走のみでタイムを競うため、一発勝負のプレッシャーが大きい。
回転よりも旗門の間隔が広く、スピードと正確なターン技術のバランスが求められる種目。2本を滑走し合計タイムで順位を決める。
4種目の中で最も旗門数が多く、急激な切り返しを連続してこなす種目。日本人唯一のメダリスト・猪谷千春が銀メダルを獲得した種目でもある。
| 系統 | 種目 | 特徴 |
|---|---|---|
| 高速系 | 滑降・スーパーG | 旗門が少なくスピード最優先。1回滑走で決着 |
| 技術系 | 大回転・回転 | 旗門が多く正確なターンが必要。2回滑走の合計で決着 |
深い霧のコースで掴んだ、アジア初の冬季オリンピックメダル
1956年、猪谷千春はコルティナ・ダンペッツォ大会の男子回転で銀メダルを獲得した。前回大会で同種目11位に終わった猪谷は、渡米してダートマス大学で技術を磨き直し、24歳で悲願を実現。これは日本にとって冬季オリンピック史上初のメダルであり、アジア勢としても史上初の冬季メダルだった。
このメダルは現在に至るまで日本アルペンスキー界唯一のオリンピックメダルである。2006年トリノ大会の回転で皆川賢太郎が4位に入ったのが最も近づいた例とされ、以来表彰台には届いていない。猪谷はその後IOC委員・副会長を歴任し、2026年のミラノ・コルティナ大会でも94歳で現地から後進の戦いを見守った。
日本冬季オリンピック史上初のメダリスト。深い霧の中、旗門をひっかけながらも冷静に立て直し2位でゴール。現在も日本アルペンスキー唯一のオリンピックメダルであり続けている。
猪谷以来、最も表彰台に近づいた選手として知られる。地元開催ではない海外の大舞台で世界のトップと渡り合い、日本アルペン界の技術力を印象づけた。
2026年ミラノ・コルティナ大会に日本人唯一の男子回転代表として初出場。半数以上が途中棄権・失格となる難コースの中、最後まで攻めの滑りを貫き完走した。
日清医療食品所属。ミラノ・コルティナ2026大会の女子アルペン代表を務め、日本女子アルペン界の第一人者として国際大会に出場を続けている。


