ブラジリアn柔術(BJJ)のルール解説!「キムラ」の由来と歴史

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柔術Brazilian Jiu-Jitsu

寝技での関節技・絞め技(サブミッション)で相手を降参させる、あるいはポジションの優位性を得点化して勝敗を競う組討ち格闘技。日本の柔道家・前田光世がブラジルへ伝えた技術を、体格に劣るエリオ・グレイシーが独自に磨き上げ、「小よく大を制す」を体現する世界的格闘技へと発展させた。

1914
前田光世
ブラジル上陸
1925
アカデミア
グレイシー開設
1993
ホイス・グレイシー
UFC初代王者
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木村政彦由来の
「キムラ」
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基本データ BASIC DATA
柔道と同じ源流を持ち、組討ちと関節技・絞め技で決着をつける「格闘技・パワー系」に分類される。柔道が投げ技を経て寝技へ移行するのに対し、柔術は寝技(グラウンド)での攻防に特化している点が最大の違いである。
分類
格闘技・パワー系(寝技の関節技・絞め技を中心とする組討ち競技)英名:Brazilian Jiu-Jitsu (BJJ)
基本ルール
殴る・蹴るは禁止で、関節技・絞め技(サブミッション)によるタップアウトで即決着。決まらない場合はテイクダウンやガードパスなどポジションの優位性を得点化し、合計点で勝敗を決める
主な形式
道着を着用するGi(ジー)と、着用しないNo-Gi(ノーギー)の2形式がある。体重別階級に加え、階級を問わない無差別級(absolute)も実施される
統括団体
国際ブラジリアン柔術連盟(IBJJF)が最大規模の大会「ムンジアル(世界選手権)」を主催/日本:一般社団法人 日本ブラジリアン柔術連盟(JBJJF)
五輪との関わり
現時点で正式なオリンピック種目ではなく、IBJJF主催の世界選手権「ムンジアル」(1996年初開催)が競技の最高峰の大会として位置づけられている
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競技形式とルール FORMATS & RULES
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Gi(道着あり)
襟や袖を掴む技が使える伝統形式

柔道着に似た道着を着用し、襟や袖を掴んでの絞め技・関節技が可能。柔術本来の技術体系がフルに発揮される形式。

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No-Gi(道着なし)
ラッシュガード着用のスピーディーな形式

道着を着用せず、密着したラッシュガードとショーツで行う形式。掴む場所が限られる分、展開が速く総合格闘技(MMA)にも近い技術が求められる。

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ポイント制
テイクダウン・パスガード等を得点化

テイクダウン(2点)、ガードパス(3点)、マウント・バックコントロール(4点)など、有利なポジションを取るごとに加点される仕組み。

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サブミッション
関節技・絞め技によるタップアウト勝ち

関節技や絞め技を極め、相手が「タップ」で降参すれば、それまでの得点に関係なく即座に勝敗が決まる柔術最大の醍醐味。

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「キムラ」の由来——木村政彦とエリオ・グレイシーの一戦 THE KIMURA LOCK
🇯🇵 1951年、リオデジャネイロでの伝説の一戦

日本の柔道家が世界中の柔術家に技の名前を残した日

前田光世からカーロス・グレイシーへと伝わった柔術は、体格に劣り喘息を患っていた弟のエリオによって、てこの原理を極限まで応用する独自の体系「グレイシー柔術」へと磨き上げられた。エリオは体格に勝る相手を次々と下し、ブラジル国内で伝説的な存在となっていく。

1951年、日本の柔道家・木村政彦がリオデジャネイロでエリオに挑戦。木村は肩関節をひねり上げる技でエリオを降参させ勝利を収めた。この技は今日、世界中の柔術家によって「キムラ」と呼ばれ、木村の名は柔術の教科書に技の名前として永遠に刻まれることとなった。

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柔術史に名を刻んだ人物 KEY FIGURES
前田 光世(まえだ みつよ)
柔術をブラジルへ伝えた講道館柔道家

「コンデコマ」の異名で世界を渡り歩き、1914年にブラジルへ。ガスタォン・グレイシーの息子カーロスに柔道を指導したことが、ブラジリアン柔術誕生の出発点となった。

カーロス&エリオ・グレイシー兄弟
グレイシー柔術の創始者

1925年にリオデジャネイロで道場を開設。小柄なエリオが体格差を覆すために技術を改良し、現在のブラジリアン柔術の基礎を築いた。

ホイス・グレイシー(Royce Gracie)
1993年 第1回UFC 優勝

体格に勝る様々な格闘技の使い手を次々と下し、柔術の実戦性を世界に証明。この活躍が世界的な柔術ブームの起点となった。

ホジャー・グレイシー(Roger Gracie)
世界選手権 史上最多優勝の一人

Gi部門で歴代最多クラスの世界王座を獲得し、「史上最強の柔術家」と称される競技面での金字塔的存在。

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歴史の足跡 HISTORY
1882年(日本)
嘉納治五郎が各流派の柔術を体系化し、柔道を創始した。
1904年(日本)
講道館で学んだ前田光世が柔道普及のため海外へ派遣され、世界各国で異種格闘技戦を繰り広げた。
1914年(日本)
前田光世がブラジルに到着。ベレンの実力者ガスタォン・グレイシーと出会う。
1917年頃(日本)
前田がガスタォンの息子カーロス・グレイシーに柔道の指導を開始。ブラジリアン柔術誕生の出発点となった。
1925年
カーロスがリオデジャネイロに「アカデミア・グレイシー柔術」を開設。体格に劣る弟エリオが技術を独自に改良していった。
1951年(日本)
日本の柔道家・木村政彦がエリオ・グレイシーと対戦し、肩関節技で勝利。この技は現在も世界中で「キムラ」と呼ばれている。
1993年
ホイス・グレイシーが第1回UFCで優勝。柔術の実戦性を世界に証明し、世界的なブームの起点となった。
1994年
カーロス・グレイシーJr.らの尽力により、国際ブラジリアン柔術連盟(IBJJF)の礎となる組織が整備された。
1996年
世界選手権「ムンジアル」が初開催。以降、柔術界最高峰の大会として世界中の選手が目指す舞台となっている。