柔術Brazilian Jiu-Jitsu
寝技での関節技・絞め技(サブミッション)で相手を降参させる、あるいはポジションの優位性を得点化して勝敗を競う組討ち格闘技。日本の柔道家・前田光世がブラジルへ伝えた技術を、体格に劣るエリオ・グレイシーが独自に磨き上げ、「小よく大を制す」を体現する世界的格闘技へと発展させた。
ブラジル上陸
グレイシー開設
UFC初代王者
「キムラ」
柔道着に似た道着を着用し、襟や袖を掴んでの絞め技・関節技が可能。柔術本来の技術体系がフルに発揮される形式。
道着を着用せず、密着したラッシュガードとショーツで行う形式。掴む場所が限られる分、展開が速く総合格闘技(MMA)にも近い技術が求められる。
テイクダウン(2点)、ガードパス(3点)、マウント・バックコントロール(4点)など、有利なポジションを取るごとに加点される仕組み。
関節技や絞め技を極め、相手が「タップ」で降参すれば、それまでの得点に関係なく即座に勝敗が決まる柔術最大の醍醐味。
日本の柔道家が世界中の柔術家に技の名前を残した日
前田光世からカーロス・グレイシーへと伝わった柔術は、体格に劣り喘息を患っていた弟のエリオによって、てこの原理を極限まで応用する独自の体系「グレイシー柔術」へと磨き上げられた。エリオは体格に勝る相手を次々と下し、ブラジル国内で伝説的な存在となっていく。
1951年、日本の柔道家・木村政彦がリオデジャネイロでエリオに挑戦。木村は肩関節をひねり上げる技でエリオを降参させ勝利を収めた。この技は今日、世界中の柔術家によって「キムラ」と呼ばれ、木村の名は柔術の教科書に技の名前として永遠に刻まれることとなった。
「コンデコマ」の異名で世界を渡り歩き、1914年にブラジルへ。ガスタォン・グレイシーの息子カーロスに柔道を指導したことが、ブラジリアン柔術誕生の出発点となった。
1925年にリオデジャネイロで道場を開設。小柄なエリオが体格差を覆すために技術を改良し、現在のブラジリアン柔術の基礎を築いた。
体格に勝る様々な格闘技の使い手を次々と下し、柔術の実戦性を世界に証明。この活躍が世界的な柔術ブームの起点となった。
Gi部門で歴代最多クラスの世界王座を獲得し、「史上最強の柔術家」と称される競技面での金字塔的存在。

