ハンドボールとは?基本ルール・6mラインのダイナミックな魅力と日本の躍進

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ハンドボールHandball

素手でボールを持って走り、パスとドリブルで相手ゴールに投げ込む球技。ドイツで生まれた「トーアバル」を起源に持ち、日本には1922年、大谷武一によって初めて紹介された。1997年には熊本で欧州以外初となる男子世界選手権を開催し、過去最多の観客動員を記録した。

7人制
コート6人+
GK1人
1922
大谷武一が
日本に紹介
1972
ミュンヘン大会
男子正式種目化
20万+
1997熊本大会
観客動員数
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基本データ BASIC DATA
バット・スティック・ラケットなどの道具を一切介さず、素手でボールを持ち、走り、投げ込む「手系」に分類される球技。バスケットボールがドリブルとシュートを軸にするのに対し、ハンドボールは強く速いパスと、ジャンプしながらの力強いシュートが得点の中心となる点が特徴である。
分類
手系(素手でボールを持って走り・投げてゴールを競う球技)英名:Handball
基本ルール
1チームコートプレーヤー6人+ゴールキーパー1人の7人制。ゴール前6mのゴールエリアはGK専用で、コートプレーヤーはこの外か、ジャンプして上からシュートを放つ
主な形式
現在は屋内での7人制が世界共通のスタンダード。かつては屋外で行う11人制も存在し、1936年ベルリン五輪では一度だけ実施された
統括団体
1946年設立の国際ハンドボール連盟(IHF、前身は1928年設立のIAHF)が統括/日本:公益財団法人 日本ハンドボール協会(JHA、1938年設立)
五輪との関わり
男子は1936年ベルリン大会で屋外11人制が一度だけ実施された後、1972年ミュンヘン大会から屋内7人制で正式種目として復活。女子は1976年モントリオール大会から正式種目となっている
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競技形式とルール FORMATS & RULES
🏟️
7人制(屋内)
現在の世界共通スタンダード

コートプレーヤー6人とゴールキーパー1人で戦う、現在世界中で行われている標準形式。スピーディーな展開とダイナミックなジャンプシュートが見どころ。

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11人制(屋外)
かつて存在した歴史的形式

広い屋外コートで11人ずつが対戦した草創期の形式。1936年ベルリン五輪で一度だけ実施されたのち姿を消し、現在は行われていない。

6mライン(ゴールエリア)
ゴールキーパー専用の聖域

ゴール前6mの半円状のエリアはGKのみが立ち入れる領域。コートプレーヤーはこのラインの外側から、あるいは踏み込む前にジャンプしてシュートを放つ必要がある。

⏱️
3秒ルール
得点後は3秒以内に再開

得点が入るとセンターラインから3秒以内に試合を再開しなければならない。このルールが、ハンドボール特有の目まぐるしい展開スピードを生み出している。

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1997年熊本世界選手権——欧州以外で初めての大舞台 KUMAMOTO 1997
🏟️ 観客動員 過去最多20万7679人/決勝トーナメント第1戦でフランスに劇的な敗戦

1万3300人が詰めかけた熊本対アルジェリア戦、日本ハンドボール史に残る夜

1997年、男子世界選手権が熊本県で開催された。欧州以外での開催は史上初めてという歴史的な大会で、当初目標としていた入場者数10万人を大きく上回る20万7679人を動員。予選リーグ第4戦の日本対アルジェリア戦にはパークドーム熊本に1万3300人が集まり、日本ハンドボール史上最多の観客数を記録した。

日本代表は決勝トーナメント進出という好成績を収めたが、1回戦で前回優勝国フランスと対戦。試合終了とほぼ同時に決勝ゴールを許し、惜しくも敗退した。それでも大会全体を通じて示された熱狂は、日本にハンドボールという競技を強く印象づける出来事となった。

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日本ハンドボール史に名を刻んだ人物 KEY FIGURES
大谷 武一(おおたに ぶいち)
1922年、日本にハンドボールを初めて紹介

東京高等師範学校の教官。欧州視察でドイツにてハンドボールを知り、帰国後の1922年7月、東京・代々木の講習会で日本に初めて伝えた第一人者。

蔵田 照美(くらた てるみ)
1976モントリオール 得点王/女子日本代表初出場

女子日本代表がオリンピック初出場を果たした1976年モントリオール大会で得点王を獲得。日本女子は自身最高となる5位入賞を果たした。

彗星JAPAN(男子日本代表)
1997熊本世界選手権 決勝トーナメント進出

欧州以外初開催となった世界選手権で、前回優勝国フランスに土壇場で敗れながらも決勝トーナメントまで勝ち上がった、日本ハンドボール史に残るチーム。

ダグル・シグルドソン監督
男子日本代表監督/2015年IHF世界最優秀監督

アイスランド代表として215試合以上に出場した後、指導者としてドイツ代表を率い2016年リオ五輪で銅メダルを獲得。世界的な名将が現在の日本代表を指揮している。

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歴史の足跡 HISTORY
1915年
ドイツで女子の球技「トーアバル」として考案されたのが起源とされ、その後欧州各国に普及し男子の間にも広まっていった。
1922年(日本)
東京高等師範学校教官の大谷武一が欧州視察から帰国し、東京・代々木での講習会で日本に初めてハンドボールを紹介した。
1928年
国際アマチュアハンドボール連盟(IAHF)が設立され、日本も日本陸上競技連盟の名で加盟した。
1936年
ベルリン五輪で男子11人制(屋外)がオリンピック競技として一度だけ実施された。
1938年(日本)
日本送球協会(現・日本ハンドボール協会)が設立され、平沼亮三が初代会長に就任した。
1946年(日本)
戦時中に中断していた協会活動が戦後復活。同年10月、名称が「送球」から「ハンドボール」に変更された。
1972年
ミュンヘン五輪で男子7人制(屋内)がオリンピック正式種目として復活し、以降定着した。
1976年(日本)
モントリオール五輪で女子競技が初実施。日本女子代表は初出場ながら5位入賞を果たし、蔵田照美が得点王を獲得した。
1997年(日本)
熊本県で男子世界選手権を開催。欧州以外で初めての開催となり、観客動員は過去最多の20万7679人を記録した。
2021年(日本)
東京五輪に開催国枠で男女ともに出場。女子代表にとっては1976年以来45年ぶり2度目のオリンピックとなった。