大会前日。
いよいよ、増毛へ向かった。
ここまで来ると、さすがに緊張してくる。
何しろ、明日は2,000メートル泳いで、200キロの自転車に乗り、その後に42キロ近く走る。
私は、そのすべてが初めてだった。
まずは受付。
金曜日から受付は始まっていたのだが、私は土曜日に現地入りして、そのまま受付をした。
受付を済ませると、ちょうど公式の試泳が始まるところだった。
せっかくなので、私もウェットスーツに着替える。
海での試泳も、もちろん本番を想定している。
海水は思っていたほど冷たくなかった。
ただ、泳いでいると、下に何かが見える。
クラゲだ。
しかも、一匹、二匹というレベルではない。
結構いる。
「明日、これの中を2,000メートル泳ぐのか……」
そう思いながら泳いだ。
先輩たちは、いつものように落ち着いて泳いでいる。
私はというと、海で泳ぐだけで精いっぱい。
それでも、実際のスタート地点で泳いでみたことで、少しだけ本番のイメージができた。
試泳が終わると、次は自転車。
自転車をチェックして、大会側に預ける。
ここでも、私には分からないことがいろいろあった。
そもそも、200キロの自転車レースに出るのも初めてだ。
補給はどうするのか。
給水はどうするのか。
途中でボトルを交換するらしい。
「自分で全部持って走るわけじゃないんだ……」
そんなことすら、このとき初めて知った。
その後、競技説明会があった。
大会の説明はもちろん大事なのだが、何しろ聞いたことのない言葉が次々に出てくる。
「ドラフティングは禁止です」
ドラフティング。
また出てきた。
先輩に聞いて、
「前の人の後ろにくっついて走ると楽になるから、それは禁止」
ということらしい。
なるほど。
でも、実際に200キロ近く走りながら、そんな細かいことまで気にしていられるのだろうか。
大会説明は続く。
私は必死に聞いていた。
……が、全部を理解できたわけではない。
正直なところ、
「まあ、周りの人を見ながらやれば何とかなるだろう」
くらいだった。
そして宿に戻る。
夕食を済ませた後、チームのみんなで小さな乾杯をした。
「明日は頑張ろう」
そんな感じだった。
先輩たちは酒を飲んでいる。
私は飲まなかった。
明日は何が起こるか分からない。
ただでさえ、自分が本当に完走できるのかも分からない。
ここで酒を飲んでいる場合ではない。
そう思った。
ところが、先輩たちはそんなに心配している様子もない。
普通に飲んで、普通に話している。
その様子を見て、
「経験がある人は違うな……」
と思った。
食事が終わると、もう一度荷物を確認した。
明日の朝、自転車のところで何をするのか。
泳ぎ終わったら何をするのか。
ランニングの荷物はどこにあるのか。
一つずつ確認する。
何か一つ忘れたら、それだけで競技が続けられなくなる可能性がある。
マラソンなら、シューズを履いてスタートラインに行けばいい。
トライアスロンは、そういうわけにはいかない。
しかも私は、トライアスロンについてほとんど何も知らない。
それでも、準備するしかない。
何度も荷物を確認して、ようやく布団に入った。
明日は6時30分スタート。
「眠れるかな……」
と思った。
ところが、意外にもあっさり眠れた。
そして翌朝。
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
体調は悪くない。
ちゃんと眠れた。
これはありがたい。
朝食を済ませ、スタート地点へ向かう。
6時30分スタートなので、それほど時間はない。
まず、自転車の周りに必要なものを並べる。
ヘルメット。
バイクシューズ。
サングラス。
バイク用のジャージ。
そして、泳ぎ終わった後に使うもの。
ランニング用のシューズやウェアは別の場所に運ばれるので、それも確認する。
前日に何度も頭の中でシミュレーションした。
「まずウェットスーツを脱いで……」
ここで、先輩から教えてもらったことを思い出す。
トライアスロンでは、泳ぎ終わってから自転車に乗るまでの着替えも競技の一部だ。
私の場合、ウェットスーツの下にはバイクパンツを履いている。
泳ぎ終わったらウェットスーツを脱ぎ、自転車のところでバイク用のジャージを着る。
ヘルメットをかぶる。
シューズを履く。
サングラス。
忘れ物がないように、一つ一つ確認する。
指差し確認までした。
そして、もう一つ。
トイレ。
これが重要だった。
マラソン大会でもスタート前は緊張してトイレに行きたくなる。
今回は海に入る。
しかも2,000メートル。
途中で「ちょっとトイレに行ってきます」というわけにはいかない。
ところが、緊張と朝の冷え込みで、やっぱり行きたくなってくる。
スタートセレモニーの途中でも、またトイレに行った。
夏とはいえ、朝の海は涼しい。
ウェットスーツ姿の選手がたくさん集まっている。
周りを見ると、みんな慣れているように見える。
私だけが、どうにも落ち着かない。
泳ぐ速さによってスタート位置も決まっていた。
当然、私は後ろのほう。
先輩たちや、これまで一緒に練習してきた人たちから、
「頑張ろう!」
「マイペースで!」
と声をかけてもらう。
ありがたい。
でも、私の頭の中は、
「本当に2,000メートル泳げるのか?」
それだけだった。
何しろ、3か月前まで25メートル泳げなかった。
それが今から、海で2,000メートル。
しかも、昨日見たクラゲがいる。
海水浴なら、足がつかない場所には行かない。
今回は、足がつかないところを2,000メートル泳ぐ。
もう、逃げ場はない。
スタート地点へ移動する。
海を見る。
選手たちが次々と海に入っていく。
私も海に入る。
ひやっとした。
ゴーグルをつける。
周囲を確認する。
そして、スタートの時を待った。
ここまで来たら、もう泳ぐしかない。
私は、2,000メートルの海の中へ入っていった。

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