トライアスロンへの道 第21話 大会前夜と当日朝

トライアスロンへの道

大会前日。

いよいよ、増毛へ向かった。

ここまで来ると、さすがに緊張してくる。

何しろ、明日は2,000メートル泳いで、200キロの自転車に乗り、その後に42キロ近く走る。

私は、そのすべてが初めてだった。

まずは受付。

金曜日から受付は始まっていたのだが、私は土曜日に現地入りして、そのまま受付をした。

受付を済ませると、ちょうど公式の試泳が始まるところだった。

せっかくなので、私もウェットスーツに着替える。

海での試泳も、もちろん本番を想定している。

海水は思っていたほど冷たくなかった。

ただ、泳いでいると、下に何かが見える。

クラゲだ。

しかも、一匹、二匹というレベルではない。

結構いる。

「明日、これの中を2,000メートル泳ぐのか……」

そう思いながら泳いだ。

先輩たちは、いつものように落ち着いて泳いでいる。

私はというと、海で泳ぐだけで精いっぱい。

それでも、実際のスタート地点で泳いでみたことで、少しだけ本番のイメージができた。

試泳が終わると、次は自転車。

自転車をチェックして、大会側に預ける。

ここでも、私には分からないことがいろいろあった。

そもそも、200キロの自転車レースに出るのも初めてだ。

補給はどうするのか。

給水はどうするのか。

途中でボトルを交換するらしい。

「自分で全部持って走るわけじゃないんだ……」

そんなことすら、このとき初めて知った。

その後、競技説明会があった。

大会の説明はもちろん大事なのだが、何しろ聞いたことのない言葉が次々に出てくる。

「ドラフティングは禁止です」

ドラフティング。

また出てきた。

先輩に聞いて、

「前の人の後ろにくっついて走ると楽になるから、それは禁止」

ということらしい。

なるほど。

でも、実際に200キロ近く走りながら、そんな細かいことまで気にしていられるのだろうか。

大会説明は続く。

私は必死に聞いていた。

……が、全部を理解できたわけではない。

正直なところ、

「まあ、周りの人を見ながらやれば何とかなるだろう」

くらいだった。

そして宿に戻る。

夕食を済ませた後、チームのみんなで小さな乾杯をした。

「明日は頑張ろう」

そんな感じだった。

先輩たちは酒を飲んでいる。

私は飲まなかった。

明日は何が起こるか分からない。

ただでさえ、自分が本当に完走できるのかも分からない。

ここで酒を飲んでいる場合ではない。

そう思った。

ところが、先輩たちはそんなに心配している様子もない。

普通に飲んで、普通に話している。

その様子を見て、

「経験がある人は違うな……」

と思った。

食事が終わると、もう一度荷物を確認した。

明日の朝、自転車のところで何をするのか。

泳ぎ終わったら何をするのか。

ランニングの荷物はどこにあるのか。

一つずつ確認する。

何か一つ忘れたら、それだけで競技が続けられなくなる可能性がある。

マラソンなら、シューズを履いてスタートラインに行けばいい。

トライアスロンは、そういうわけにはいかない。

しかも私は、トライアスロンについてほとんど何も知らない。

それでも、準備するしかない。

何度も荷物を確認して、ようやく布団に入った。

明日は6時30分スタート。

「眠れるかな……」

と思った。

ところが、意外にもあっさり眠れた。

そして翌朝。

目覚ましが鳴る前に目が覚めた。

体調は悪くない。

ちゃんと眠れた。

これはありがたい。

朝食を済ませ、スタート地点へ向かう。

6時30分スタートなので、それほど時間はない。

まず、自転車の周りに必要なものを並べる。

ヘルメット。

バイクシューズ。

サングラス。

バイク用のジャージ。

そして、泳ぎ終わった後に使うもの。

ランニング用のシューズやウェアは別の場所に運ばれるので、それも確認する。

前日に何度も頭の中でシミュレーションした。

「まずウェットスーツを脱いで……」

ここで、先輩から教えてもらったことを思い出す。

トライアスロンでは、泳ぎ終わってから自転車に乗るまでの着替えも競技の一部だ。

私の場合、ウェットスーツの下にはバイクパンツを履いている。

泳ぎ終わったらウェットスーツを脱ぎ、自転車のところでバイク用のジャージを着る。

ヘルメットをかぶる。

シューズを履く。

サングラス。

忘れ物がないように、一つ一つ確認する。

指差し確認までした。

そして、もう一つ。

トイレ。

これが重要だった。

マラソン大会でもスタート前は緊張してトイレに行きたくなる。

今回は海に入る。

しかも2,000メートル。

途中で「ちょっとトイレに行ってきます」というわけにはいかない。

ところが、緊張と朝の冷え込みで、やっぱり行きたくなってくる。

スタートセレモニーの途中でも、またトイレに行った。

夏とはいえ、朝の海は涼しい。

ウェットスーツ姿の選手がたくさん集まっている。

周りを見ると、みんな慣れているように見える。

私だけが、どうにも落ち着かない。

泳ぐ速さによってスタート位置も決まっていた。

当然、私は後ろのほう。

先輩たちや、これまで一緒に練習してきた人たちから、

「頑張ろう!」

「マイペースで!」

と声をかけてもらう。

ありがたい。

でも、私の頭の中は、

「本当に2,000メートル泳げるのか?」

それだけだった。

何しろ、3か月前まで25メートル泳げなかった。

それが今から、海で2,000メートル。

しかも、昨日見たクラゲがいる。

海水浴なら、足がつかない場所には行かない。

今回は、足がつかないところを2,000メートル泳ぐ。

もう、逃げ場はない。

スタート地点へ移動する。

海を見る。

選手たちが次々と海に入っていく。

私も海に入る。

ひやっとした。

ゴーグルをつける。

周囲を確認する。

そして、スタートの時を待った。

ここまで来たら、もう泳ぐしかない。

私は、2,000メートルの海の中へ入っていった。

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