号砲が鳴った。
選手たちが一斉に海へ入っていく。
私も遅れないようについていく。
いよいよ始まった。
2,000メートルのスイムだ。
これまで私は、プールで2,000メートル泳いだことはある。
海でも練習した。
だから、泳げる。
……はずだった。
ところが、スタートしてすぐに、その考えが甘かったことに気づいた。
まず、人が多い。
前にも後ろにも選手がいる。
泳ぎながら人とぶつかる。
手が当たる。
足が当たる。
ゴーグルにも何かが当たった。
一瞬、何が起きたのか分からない。
そして、海なので底が見えない。
当然、足を着くこともできない。
プールなら、どうしても苦しくなったら立てばいい。
実際、これまでの練習では何度も足を着いた。
ところが海では、それができない。
「まずい……」
そう思った瞬間、急に怖くなった。
呼吸が乱れる。
練習ではできていたはずのクロールが、うまくいかない。
顔を横に向けて息を吸おうとする。
海水が入る。
むせる。
また泳ぐ。
また息苦しくなる。
何とか呼吸をしようとすると、今度は方向が分からなくなる。
まっすぐ泳いでいるつもりなのに、どこへ向かっているのか分からない。
プールには壁がある。
レーンがある。
底も見える。
泳いでいれば、何となく自分の位置が分かる。
海には、それがない。
しかも私は、海を泳ぐ競技そのものが初めてだった。
「これ、どうすればいいんだ?」
そんなことを考えながら泳いでいた。
周りの選手はどんどん先へ行く。
私は最初から遅い。
当然、一番後ろのほうになる。
それでも、何とか泳ぎ続ける。
ウェットスーツのおかげで身体は沈まない。
これはありがたかった。
もしウェットスーツがなかったら、もっと大変だったと思う。
それでも、海の波がある。
波が来るたびに呼吸のタイミングが狂う。
練習では、
「3回クロールして、1回呼吸」
くらいの感じで泳いでいた。
左右交互に呼吸することもできるようになっていた。
ところが、本番の海ではそんなことをやっている余裕がない。
2回クロールして、息を吸う。
また2回。
とにかく苦しくならないように呼吸する。
それでも、なかなかうまくいかない。
そして、もう一つ困ったことがあった。
方向だ。
前を見るためには、顔を上げなければならない。
顔を上げると身体が沈む。
泳ぎが止まる。
また方向を確認する。
そして泳ぐ。
また曲がる。
どうやら私は、かなりジグザグに泳いでいたらしい。
「ちゃんと前に進んでいるんだろうか?」
そんな不安まで出てくる。
それでも、戻るわけにはいかない。
とにかく前へ進む。
泳ぐ。
息をする。
また泳ぐ。
その繰り返しだった。
しばらくすると、少しずつ周囲の選手が減ってきた。
もちろん、私が速くなったわけではない。
多くの選手が先へ行ってしまっただけだ。
気がつけば、周りにはほとんど人がいない。
後ろを見る余裕もない。
ただ、前へ進む。
そんなときだった。
ふと、横を見ると、誰かが近づいてきた。
「おっ、まだ誰かいる」
そう思った。
ところが、その選手の泳ぎを見て、私はさらに驚くことになる。
私が必死になってクロールをしている横を、
その人は、ゆっくりと泳いでいた。
しかも――
平泳ぎだった。
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