①【スタート前】練習不足を補う「5キロ減量」とトイレ競争の現実
前年4年ぶりにサロマ湖100kmを完走し、再びランナーとしての光を取り戻した私にとって、今年のサロマは「様々な戦略を試す試金石」でもあった。
しかし、蓋を開けてみればウルトラ完走の絶対目安とされる「月間300キロ」の練習量は全く踏めていない。大会前日の北見で37℃を記録したニュースでビックリしたが、大会当日は過酷な一戦を予感させる猛暑の予報。さらに、事前に知人へ「今までの全ての記録(自己ベスト)を更新する」と大見栄を切って宣言してしまっていたため、生半可な覚悟では許されないという猛烈なプレッシャーが重くのしかかっていた。
そこで今年は、例年秋の「北海道マラソン」に向けて行うシェイプアップのスケジュールを大幅に前倒しし、執念で約5キロの減量を敢行。さらに5月の連休を最後に、日課だった宅飲みをピタリと断つ「ノンアルコール生活」を徹底した。「そこまでしてマラソンなんかしたくない」と冷ややかな目を向ける方も多いかもしれないが、ことサロマに関しては「そこまで身を削らなければ完走の女神は微笑まない」、私はそう確信している。
当日の朝、午前4時にはスタート会場へ。この年のサロマは口蹄疫問題の緊迫感に揺れており、至る所に消毒用の石灰が白々とまかれ、選手は厳重な消毒シャワーを浴びる。多くの人々の尽力によってこの晴れ舞台が用意されたのだと、感謝と緊張の入り混じった厳粛な面持ちでスタートの号砲を迎えた。
ここからスタートまでは、私にとって「宿命のトイレ戦」だ。初めて完走した時はスタート前の水分補給が仇となり、1キロ地点で下痢に見舞われ最後尾へ。そして昨年に至っては、なんと号砲の瞬間にトイレの中に籠もっていた(笑)。 そして今年はというと、スタート30分前から列に辛抱強く並んだものの、5分前に潜り込めた時点で成果はなし。一抹の不安を抱えたまま、鳴り響く号砲と同時にスタートラインへと滑り込んだ。
②【スタート~40km】32℃超の直射日光。山岳ランナーの本領発揮
- 10km通過:1時間13分03秒(スタートロス:3分44秒) 最初の10キロは驚くほどあっという間に過ぎ去る。どこかまだ肉体が覚醒しきっていない感覚のなか、緑豊かな酪農地帯を進み、朝早くから沿道を埋める地元の温かい声援に背中を押された。
- 20km通過:2時間29分24秒(この10km:1時間16分21秒) サロマ湖の河口近く「竜宮台」の林道を突き進む。朝7〜8時だというのに、遮るもののない直射日光が容赦なく体力を削り取り、ランナーたちは一様に涼を求めて日陰側の右側通行を余儀なくされる。予断を許さぬ展開のなか、案の定、竜宮台の折り返しで猛烈な便意が襲来。ここで慎重にトイレ休憩を挟んだため、想定より10分ほどの重い借金を背負うことになり、ここからギヤを一段上げて巻き返しを図った。
- 30km通過:3時間34分57秒(この10km:1.時間05分33秒) 30キロを過ぎると舞台は国道へ。交通規制がほとんど敷かれない薄氷の状況下、約4000人のランナーが蟻の行列のごとく狭い路側帯にひしめき合う。この辺りから徐々に牙を剥き始める険しい上り坂は、まさに「自称・山岳ランナー」である私の独壇場だ。飛ぶようなピッチでこの登りだけで一気に100人以上のランナーを鮮やかにごぼう抜きにしていった。
- 40km通過:4時間41分10秒(この10km:1時間06分13秒) 国道での決死のプッシュが功を奏し、20km地点までに背負った大きな遅れをここでほぼ完全に帳消しにすることに成功。ランナーとしての息を吹き返し、いよいよサロマの核心部である湖岸沿いの絶景ルートへと足を踏み入れた。
③【40km~80km】体感35℃の灼熱地獄と、5年越しの歓喜「おしるこ」
- 42.195km(中間点)通過:4時間55分52秒 最初の関門を無事にクリア。しかし、周囲の気温は文字通りうなぎ登りに30℃に達し、遮蔽物のない国道へ復帰すると、猛烈な照り返しとともに暑さは凶悪なピークを迎えた。
- 50km通過:5時間53分13秒(この10km:1時間12分03秒) 押し寄せる熱波と激しいアップダウンの連続に、正直この辺りの記憶は定かではない。あまりの渇きに理性を失い、エイドでスポーツドリンクを2杯がぶ飲みするという痛恨の失策を犯してしまった。案の定、直後に強烈な吐き気が襲来。胃液がせり上がってくる不快感と戦いながら、奥歯を噛み締め、じっと耐え忍んで前進を続けた。
- 60km通過:7時間17分48秒(この10km:1時間24分35秒) 55kmのレストステーションで戦意を奮い立たせ、シャツを素早く着替え、日焼け止めを塗り直して戦線へ復帰。この日の公式最高気温は32℃。しかし驚くべきことに、周囲の実力者たちが次々と熱中症や脱水症状で不本意な落伍を余儀なくされるなか、私の喉は驚くほど潤いを保っていた。綿密な給水マネジメント、そして何より5月からストイックに貫いてきた禁酒の恩恵が、この極限状態の肉体を底底から支えてくれていたのだ。
- 70km通過:8時間33分32秒(この10km:1時間15分44秒) サロマ最大の分水嶺である70km関門を、11分のアドバンテージを持って通過。そして、72km付近のエイドで、長年待ち望んだ奇跡が起きた。 過去2回の完走時はあまりの遅さに品切れの憂き目に遭っていた、念願の「おしるこ」が、今年はなんと潤沢に残っていたのだ。5年間焦がれ続けた、至高の一杯。五臓六腑にじんわりとしみ渡る優しく濃厚な甘さは、筆舌に尽くしがたい感動的な美味さであり、味の記憶を刻み込むようにもう一腕おかわりを所望した。
ここで、過去8回もの完走を誇る鉄人ランナーの仲間が無念のリタイアを喫し、呆然と座り込んでいる姿を目撃。歴戦の猛者すら容赦なく叩き落とす今年のサロマの恐ろしさに戦慄(せんりつ)しながらも、「何があっても絶対に歩かない」と己の魂に固く誓い、最終決戦の聖地・ワッカ原生花園へと駒を進めた。
④【80km~ゴール】「頑張ったね」の言葉霊に大号泣
- 80km通過:9時間49分43秒(この10km:1時間16分11秒) 関門閉鎖のわずか10分前、ついにワッカの門をくぐった。この灼熱地獄を生還してきた選りすぐりの猛者たちは、誰一人として歩こうとしない。その凄まじい気迫に圧倒され、私も弱音を吐くのが恥ずかしくなり、ただひたすら無心で一歩一歩を刻み続けた。道中、同じ車で道東入りしたMドクターと劇的なハイタッチを交わし、さらに前方を追いかける。
- 90km通過:11時間04分02秒(この10km:1時間14分19秒) いよいよ残り10キロのカウントダウン。これまでエイドでのわずかな滞在を除き、一切の妥協を許さず走り続けてきた。しかし、自己ベスト更新をかけた極限のプレッシャーのなか、95キロを過ぎた瞬間に張り詰めていた心の糸がぷつりと切れた。 「95キロまで一切歩かなかったんだ、もう十分だろう」 甘美な自己満足に誘惑され、とうとう重い足を止め、歩行に切り替えてしまった。
そんな失意のなか、残り4キロ地点に佇むボランティアの方から投げかけられた一言が、私の胸に雷鳴のごとく突き刺さった。
「頑張ったね」
「あと少しだから頑張れ」という義務的な励ましではない。「ここまで96キロもの地獄を、本当によく頑張って走り抜いてきたね」という、これまでの12時間に及ぶ死闘を全て肯定し、包み込んでくれるような至高の労い(ねぎらい)だった。その瞬間、堰(せき)を切ったように感情が爆発し、私は人目もはばからず、声を枯らして大号泣した。
こんな場所で歩いている場合ではない。私は溢れる涙を拭うこともせず、激しい嗚咽を漏らしながら、そこから実に2キロにわたって泣きながら爆走を続けた。これほどまでに己の限界と対峙し、魂を揺さぶられた経験は、人生で後にも先にもこの一度きりだろう。これまでの苦闘への自負が生んだ、美しい歓喜の涙だった。 残り2キロ、もはや一歩たりとも歩かないと心に誓い、最後の力を振り絞って壮絶なラストスパートをかけた。
ゴールゲートの直前、視界の先には、先に生還を果たした最高の仲間たちが笑顔で私を待っていてくれた。 地響きのような至福の祝福の声に包まれながら、私は最高の笑顔で栄光のゴールラインへと飛び込んだ。

- ゴールタイム:12時間23分台(自己ベストを約17分の大幅更新!)
⑤【エピローグ】伝説の完走率49.9%の金字塔
栄光のゴールラインを一歩越えた瞬間、それまで驚異的な粘りを見せていた両足は、まるで魔法が解けたかのようにピキリとも動かなくなった。わずか50メートル先にある荷物受け取り場所へ移動するだけで、優に10分以上を費やしたほどである。さらに、それまでアドレナリンでねじ伏せていた猛暑のダメージが一気に噴き出し、仲間の待つ陣地に辿り着いた瞬間、激しい頭痛と強烈な吐き気が私を容赦なく襲った。
この年の大会全体の完走率は、サロマの歴史に悪名(あるいは至高の伝説)を刻むこととなった、わずか「49.9%」。まさに修羅の如きサバイバルレースであった。共に旅路を歩んだ同行メンバーの戦績も、明暗分かれる3勝3敗(勝率50%)。いかに過酷を極めた気象条件であったかが、この冷徹な数字にも如実に物語られている。
無事に自己ベストを17分短縮し、悲願の完走を果たしたものの、ウルトラの深淵を覗いた今、未だ課題は山積している。また来年、ゼロからの再出発だ。過酷な試練を与え、最高の感動で満たしてくれたサロマ湖の神様、そして支え合ってくれた戦友たちに、心の底から満身創痍の感謝を捧げたい。誠にありがとうございました!


コメント