30歳を過ぎて決意したダイエットがジョギングになり、そのままフルマラソンでサブ4を達成するまでの回顧録です。
やっと5kmを走れるようになったばかりなのに、今度は「10kmの大会に出てみたい」と考え始めていた。
とはいえ、自信などまったくない。
5kmは何とか走れても、その倍の距離を走り切るなんて想像もできなかった。
当時の私にとって、5kmと10kmの差はとてつもなく大きかったのである。
それでも一度「出たい」と思ってしまうと、その気持ちは止められない。
私は自分なりのルールを決めた。
「自己ベストを3回更新したら、距離を1km伸ばす。」
今思えば、まだ距離が短かったこともあり、自己ベストは比較的更新しやすかったのだろう。
5kmをクリアすると6km。
6kmをクリアすると7km。
少しずつ走れる距離が伸びていった。
一方で、10km大会についても調べ始めた。
今ならスマホで数分あれば見つかる。
でも25年前は違う。
スマートフォンはもちろん無い。
SNSも無い。
Google検索もまだ一般的ではなかった。
私は当時主流だったYahoo! JAPANで北海道のマラソン大会を探し、本や雑誌の情報も参考にしながら、自分でも出られそうな大会を探した。
そして翌年5月5日に開催される10kmレースを見つけ、思い切って申し込むことにした。
大会まで、あと半年ほど。
「本当に10km走れるようになるのだろうか。」
そんな期待と不安が入り混じっていた。
大会出場を決めてからは、練習にも熱が入った。
7kmでは初回から34分40秒。
「これはいいぞ。」
そんな手応えを感じた私は、7kmを何度か走り込んだあと、8kmへと距離を伸ばした。
8kmでも初回から39分ちょうど。
少しずつではあるが、自分が成長していることを実感できるようになっていた。
ところが、その頃には北海道は冬を迎えようとしていた。
今なら冬用のランニングシューズもある。
スポーツジムやトレッドミルも身近な存在だ。
でも当時の私は、そんなものを何一つ持っていなかった。
雪が積もれば走れない。
それが当たり前だと思っていた。
「雪国のランナーは冬眠するしかない。」
本気でそう考えていたのである。
結局、この年の年間走行距離は211km。
今なら1か月で走る距離だが、当時の私にとっては大満足だった。
こうして私の最初のランニングシーズンは終わり、長い北海道の冬が始まった。


コメント