Sports Encyclopedia 014
フィールドホッケーField Hockey
先端が曲がったスティックで硬球を操り、相手ゴールに打ち込む競技。1908年から夏季五輪の常設種目として続く歴史ある球技で、日本は1932年に銀メダルを獲得した強豪国。2018年にはアジア競技大会で男女アベック優勝を達成した。
11人
1チーム
人数
人数
1908
五輪採用
(男子)
(男子)
青色
人工芝
カラー
カラー
2018
アジア大会
男女優勝
男女優勝
基本データ BASIC DATA
分類
球技 / ゴール型団体スポーツ(屋外)
フィールド
91.4m × 55mの長方形。国際大会は青色の人工芝が標準(2012年ロンドン五輪以降定着)
競技人数
各チーム11名(フィールドプレーヤー10名+ゴールキーパー1名)。交代は最大16名まで登録可
試合時間
4クォーター×15分(計60分)。クォーター間に2分、ハーフタイムに15分の休憩
用具
先端が曲がったスティック(重量737g以内)+硬球(直径7.1〜7.4cm・重量156〜163g)
得点ルール
ゴール前のサークル(D字型エリア)内からシュートしなければ得点にならない。これが戦術の要となる
統括団体
FIH(国際ホッケー連盟、1924年設立)/日本:公益社団法人 日本ホッケー協会(JHA)
五輪採用
男子:1908年ロンドン大会から(夏季五輪最古の団体球技のひとつ)。女子:1980年モスクワ大会から
フィールドの構造と基本ルール FIELD & RULES
サークル(Dゾーン)ゴール前のD字型エリア。このゾーン内からのシュートのみ得点になる。守備の要であり攻撃の起点
青い人工芝2012年ロンドン五輪から青色が標準化。白いラインとの視認性が高く、テレビ映えも良いとされる
スティックの面フィールドホッケーのスティックは丸い面と平らな面があり、ボールを打てるのは平らな面のみ
ペナルティコーナー守備側の反則時に与えられる攻撃機会。サークルのコーナーからのセットプレーで、決定力が勝敗を左右する
スピードと技術
人工芝の採用でボールの転がりが速くなり、選手の走力とパスの正確さが問われる高速スポーツに進化。世界トップレベルの試合は止まる時間がほとんどない。
ドラッグフリック
ペナルティコーナー時にスティックでボールを引きずりながら強烈なシュートを放つ技術。時速130km超になることもあり、ゴールキーパーとの対決が最大の見どころ。
サッカーとの違い
サッカーと同じゴール型だが、サークル内のシュートのみ有効・スティックの片面のみ使用可・ボールを足で扱えないなど独自ルールが多く、独特の戦術を生む。
ビデオ判定(URC)
2014年から「アンパイア・レフェラル・チャレンジ(URC)」制度を導入。各チームが1試合1回、判定に異議を申し立てられるビデオ判定システム。
世界の強豪国 WORLD POWERS
男子はオランダ・ベルギー・オーストラリア・インドが長年にわたり世界をリード。女子はオランダが圧倒的強さを誇り、過去5大会で4度の五輪金メダルを獲得している。
日本代表の歩み JAPAN NATIONAL TEAM
🏑 JAPAN HOCKEY · 2018年アジア大会男女アベック優勝
1932年の銀メダルから、2018年アジア制覇へ
日本男子代表は1932年ロサンゼルス五輪で銀メダルを獲得した歴史を持つ。戦後は1960年ローマ五輪で復帰し、東京・メキシコ大会にも出場した。その後は長らく五輪から遠ざかっていたが、2018年ジャカルタアジア競技大会で男女ともに初優勝(アベック優勝)を達成し、2020年東京五輪への出場権をアジア王者として獲得した。
女子代表「さくらジャパン」は2004年アテネ五輪に初出場し8位入賞。東京五輪でもアジア王者として出場するなど着実にレベルを上げている。男子「サムライジャパン」も国内リーグ(ホッケー日本リーグ)を基盤に選手強化を続け、アジアの強豪として存在感を高めている。
1906年
アイルランド人牧師グレーが慶應義塾に伝来
1932年
LA五輪で男子銀メダル
2004年
女子アテネ五輪初出場・8位
2018年
アジア大会男女アベック優勝
歴史の足跡 HISTORY
古代〜中世
エジプト(4000年前)・ギリシャ・ローマ・アステカ文明にも棒でボールを操る遊技の記録が残る。現代フィールドホッケーの直接の祖は19世紀のイギリスとされる。
1887年
イギリスでホッケー協会が設立され、統一ルールが制定される。オフシーズンのクリケット選手たちが冬に始めた遊びが起源という説が有力。
1908年
ロンドン五輪でフィールドホッケー(男子)が正式採用。6か国が参加しイングランドが初代金メダルを獲得。夏季五輪最古の団体球技のひとつとして定着する。
1924年
パリ五輪に「国際連盟のない競技」として参加できなかった経緯から、国際ホッケー連盟(FIH)がパリで設立。1928年アムステルダム大会から常設種目に復帰。
1906年(日本)
アイルランド人牧師ウィリアム・T・グレーが慶應義塾の有志にホッケーを伝える。日比谷公園での練習が日本ホッケーの原点となった。
1932年(日本)
ロサンゼルス五輪で男子日本代表が銀メダルを獲得。日本ホッケー史上最高の五輪成績として今なお語り継がれる。
1976年
モントリオール五輪で人工芝フィールドが初採用。天然芝より速いボールスピードと均一な地面により、競技のスピードと技術レベルが飛躍的に向上した。
1980年
モスクワ五輪から女子フィールドホッケーが正式種目に採用。ジンバブエが初代女王となった。
2012年
ロンドン五輪で青色の人工芝が採用。白いボール・白いラインとの視認性の高さからその後の国際大会で青色が標準カラーとして定着していく。
2018年(日本)
ジャカルタアジア競技大会で男女ともに優勝(アベック優勝)。男子・女子それぞれが初のアジア王者に輝き、2020年東京五輪へアジア代表として出場権を獲得した。


