ウエイトリフティングとは?2種目のルール・駆け引きから三宅家半世紀の軌跡まで解説

Sports Encyclopedia · ウエイトリフティング

ウエイトリフティングWeightlifting

バーベルをいかに高く、確実に頭上へ持ち上げるかを競う競技。1896年の第1回アテネ大会から続く伝統種目で、日本では三宅義信が1964年東京・1968年メキシコで金メダルを獲得し、姪にあたる三宅宏実が2012年ロンドン・2016年リオで日本女子初のメダルを手にした。

2種目
スナッチ
クリーン&ジャーク
1896
第1回
アテネ大会から
2個
三宅義信
金メダル数
3回
各種目の
試技チャンス
📋
基本データ BASIC DATA
相手と直接対戦するのではなく、自らの限界に挑み、バーベルを頭上へ挙げた重量そのもので勝敗が決まる「挙上系」の競技に分類される。パワーリフティングなど、静止した重量物を扱う種目と同じ分類に並ぶ。
分類
挙上系(バーベルの挙上重量を競う個人競技)英名:Weightlifting
基本ルール
スナッチクリーン&ジャークの2種目それぞれ3回まで試技を行い、各種目の最高成功重量の合計(トータル)で順位を決定する
主な形式
男女ともに体重別階級で実施。体格差なく公平に競えるのが特徴で、階級ごとにオリンピックのメダルが争われる
統括団体
国際ウエイトリフティング連盟(IWF)が国際ルールを制定/日本:公益社団法人 日本ウエイトリフティング協会(1937年発足)
五輪との関わり
1896年の第1回アテネ大会から実施されている近代オリンピック創設当初からの伝統種目。女子競技は2000年シドニー大会から採用された
🏋️
競技種目とルール LIFTS & RULES
スナッチ
バーベルを一気に頭上へ

床のバーベルを一気に頭上まで引き上げ静止させる種目。2種目の中でも特にスピードと技術が求められる。

💪
クリーン&ジャーク
2段階で頭上まで挙げる

まず鎖骨付近まで引き上げる「クリーン」、続いて一気に頭上へ押し上げる「ジャーク」の2動作からなる種目。一般に最も高重量が挙がる。

⚖️
体重別階級制
男女ともに階級ごとに実施

体格によるハンディを無くすため、男女それぞれ複数の体重階級に分かれて争われる。階級区分は大会ごとに見直されている。

🎯
3回の試技
各種目3回まで挑戦できる

スナッチ・クリーン&ジャークともに3回まで試技可能で、成功した最高重量のみが記録される。重量設定の駆け引きも見どころ。

🟢
三宅家——半世紀にわたるメダリスト一族 THE MIYAKE FAMILY
🥇 三宅義信 / 🥉 三宅義行 / 🥈🥉 三宅宏実

叔父・父から娘へ受け継がれた挙上の系譜

1960年ローマ五輪で銀メダルを獲得し日本人として初のメダリストとなった三宅義信は、1964年東京、1968年メキシコの両大会でフェザー級を制し、2個の金メダルを獲得した。メキシコ大会では実弟の三宅義行も銅メダルを獲得し、兄弟そろって表彰台に上った。

その約半世紀後、義行の娘である三宅宏実が女子48キロ級で2012年ロンドン大会に銀メダル、2016年リオデジャネイロ大会に銅メダルをもたらし、日本女子ウエイトリフティング界初のメダリストとなった。叔父・父・娘と、三宅家は日本のウエイトリフティング史そのものを体現する存在となっている。

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歴代の日本人メダリスト JAPAN MEDALISTS
三宅 義信(みやけ よしのぶ)
1960銀→1964金→1968金(フェザー級)

日本人初のメダリストにして初の金メダリスト。東京・メキシコ2大会連続優勝という偉業を成し遂げた、日本ウエイトリフティング界の始祖的存在。

三宅 義行(みやけ よしゆき)
1968メキシコ 銅(フェザー級)

兄・義信と同じ大会、同じ階級で銅メダルを獲得し、兄弟そろって表彰台に立った。のちにメダリストとなる宏実の父でもある。

三宅 宏実(みやけ ひろみ)
2012銀→2016銅(女子48キロ級)

2大会連続でメダルを獲得し、日本女子ウエイトリフティング界初のメダリストとなった。三宅家3人目のオリンピックメダリスト。

1984ロサンゼルス五輪 男子勢
真鍋和人・小高正宏・砂岡良治 各銅

52キロ級・56キロ級・82.5キロ級でそれぞれ銅メダルを獲得。これが現時点で日本男子にとって最後のオリンピックメダルとなっている。

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歴史の足跡 HISTORY
1896年
近代オリンピック第1回アテネ大会から実施されている伝統種目。当時はプレスを含む3種目制だった時代もあった。
1937年(日本)
日本重量挙連盟が発足。戦後の1946年に日本ウエイトリフティング協会と改称し再発足した。
1952年(日本)
ヘルシンキ五輪に日本人選手が初めて出場した。
1960年(日本)
ローマ五輪で三宅義信が銀メダルを獲得。日本人として史上初のメダリストとなった。
1964年(日本)
東京五輪で三宅義信が金メダル、一ノ関史郎と大内仁も銅メダルを獲得する活躍を見せた。
1968年(日本)
メキシコ五輪で三宅義信が自身2個目の金メダルを獲得。実弟の義行も銅メダルに輝き、兄弟そろって表彰台に上った。
1976年
競技種目がスナッチとクリーン&ジャークの2種目制に統一され、以降現在まで続く形式となった。
1984年(日本)
ロサンゼルス五輪で真鍋和人・小高正宏・砂岡良治が銅メダルを獲得。これ以降、日本男子はメダルから遠ざかっている。
2000年
シドニー五輪で女子競技が正式にオリンピックへ採用された。
2012〜2016年(日本)
三宅義行の娘・宏実がロンドンで銀、リオデジャネイロで銅メダルを獲得。日本女子ウエイトリフティング界初のメダリストとなった。