フルマラソンへの道 その21 北海道マラソンの参加資格

フルマラソンへの道

30歳を過ぎて決意したダイエットがジョギングになり、そのままフルマラソンでサブ4を達成するまでの回顧録です。

「夢だった北海道マラソン」

初めてのフルマラソンを終えた頃、私の頭の中は少しずつ「トライアスロン」という言葉で埋め尽くされていた。

Yさんから話を聞くたびに興味は湧く。

でも当時の私は、フルマラソンでさえ4時間を切れていない。

「トライアスロンなんて、まだ自分には早い。」

そう勝手に決めつけ、まずはマラソンで結果を出そうと考えていた。


迎えたマラソン3年目。

この年は今振り返っても、一番たくさん大会へ出場したシーズンだった。

春の伊達ハーフ、豊平川ラン&ウォーク。

記録は1時間48分、1時間46分台。

目標には届かなかったが、少しずつ力は付いてきている実感はあった。

そんな大会会場で、耳にした話が私の運命を変えた。

「北海道マラソンの参加資格が緩和されたらしい。」

最初は何のことか分からなかった。

当時の北海道マラソンは、私にとってテレビの中のような存在だったからだ。

後で調べてみると、本当に参加資格が変わっていた。

それまでハーフマラソン1時間40分以内だった基準が、

1時間50分以内へと緩和されていたのである。

私は思わず声が出た。

「出られるかもしれない!」

今の北海道マラソンを知る人には想像しにくいかもしれないが、当時の北海道マラソンは「誰でも参加できる大会」ではなかった。

オリンピック選考レースにも位置付けられることがあり、北海道を代表するトップレベルの大会だった。

だからこそ、私にとっては憧れの舞台だったのである。

しかも今思えば、本当にタイミングが良かった。

前年だったら、私は参加資格さえなかった。

たまたまルールが変わり、ようやくスタートラインへ挑戦する権利を手にしたのだ。

もちろん、その時点ではサブ4どころか、ハーフ1時間40分にも遠く及ばない。

それでも私は迷わず北海道マラソンへ申し込んだ。

結果がどうなるかではない。

「一度はあの舞台を走ってみたい。」

その気持ちの方がはるかに強かった。

しかし、その前に越えなければならない壁があった。

春のメインレース、

洞爺湖マラソン。

前年の反省を生かし、今年こそサブ4。

そう心に決めて、私は2回目のフルマラソンへ向かった。

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