30歳を過ぎて決意したダイエットがジョギングになり、そのままフルマラソンでサブ4を達成するまでの回顧録です。
風邪を押して走ったハーフマラソンを終え、体調も戻った私は、次の目標だったオホーツクマラソンへ向かった。
この大会は紋別市をスタートし、オホーツク海を眺めながら湧別町を目指すワンウェイコース。
景色は素晴らしく、「今日は気持ちよく走れそうだ。」
そんな気持ちでスタートラインに立っていた。
しかし、私の走りは相変わらずだった。
前半からキロ5分前後。
「このくらいなら行ける。」
そう思って走っていたが、25kmを過ぎる頃には足が重くなり始める。
30kmでは完全に失速。
沿道の声援を受けながら歩くしかなかった。
何度も経験しているはずなのに、また同じ失敗だった。
ゴールタイムは4時間33分。
完走した288人中254位。
当時は順位まで見て落ち込んだが、今ならそんな数字はどうでもいいと思える。
問題は順位ではなく、また30kmで失速したことだった。
「どうして最後まで走れないんだろう。」
答えはまだ分からなかった。
さらにレース後には思わぬ出来事が待っていた。
親指の爪が真っ黒になり、数日後には完全に剥がれてしまったのである。
初めての経験だった私は慌てて病院へ行った。
ところが医師は、
「そのうち生え替わるから大丈夫。」
と笑うように言った。
本人は大事件だと思っていたので拍子抜けしたが、その後しばらくは思うように走れなかった。
すると自然と練習内容も変わった。
速く走れない。
だからゆっくり走る。
その代わり距離だけは少しずつ延ばしていった。
当時はそんな練習法があることも知らなかった。
でも今なら分かる。
それはLSD(Long Slow Distance)。
私が初めて**「スタミナを作る練習」**を始めた瞬間だった。
皮肉なことにそのきっかけは、一枚の足の爪がはがれたことから始まったのである。


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