フルマラソンへの道 その24 ケガの功名

フルマラソンへの道

30歳を過ぎて決意したダイエットがジョギングになり、そのままフルマラソンでサブ4を達成するまでの回顧録です。

風邪を押して走ったハーフマラソンを終え、体調も戻った私は、次の目標だったオホーツクマラソンへ向かった。

この大会は紋別市をスタートし、オホーツク海を眺めながら湧別町を目指すワンウェイコース。

景色は素晴らしく、「今日は気持ちよく走れそうだ。」

そんな気持ちでスタートラインに立っていた。

しかし、私の走りは相変わらずだった。

前半からキロ5分前後。

「このくらいなら行ける。」

そう思って走っていたが、25kmを過ぎる頃には足が重くなり始める。

30kmでは完全に失速。

沿道の声援を受けながら歩くしかなかった。

何度も経験しているはずなのに、また同じ失敗だった。

ゴールタイムは4時間33分。

完走した288人中254位。

当時は順位まで見て落ち込んだが、今ならそんな数字はどうでもいいと思える。

問題は順位ではなく、また30kmで失速したことだった。

「どうして最後まで走れないんだろう。」

答えはまだ分からなかった。

さらにレース後には思わぬ出来事が待っていた。

親指の爪が真っ黒になり、数日後には完全に剥がれてしまったのである。

初めての経験だった私は慌てて病院へ行った。

ところが医師は、

「そのうち生え替わるから大丈夫。」

と笑うように言った。

本人は大事件だと思っていたので拍子抜けしたが、その後しばらくは思うように走れなかった。

すると自然と練習内容も変わった。

速く走れない。

だからゆっくり走る。

その代わり距離だけは少しずつ延ばしていった。

当時はそんな練習法があることも知らなかった。

でも今なら分かる。

それはLSD(Long Slow Distance)。

私が初めて**「スタミナを作る練習」**を始めた瞬間だった。

皮肉なことにそのきっかけは、一枚の足の爪がはがれたことから始まったのである。

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