30歳を過ぎて決意したダイエットがジョギングになり、そのままフルマラソンでサブ4を達成するまでの回顧録です。
2度目のハーフマラソン「札幌マラソン」で自己ベストは更新したものの、またも最後は歩いてしまった。
季節は10月。
北海道では、あと2〜3週間もすると初雪の便りが届く頃だ。
当時の私には、「冬でも走る」という発想がまったくなかった。
雪が降ればシーズン終了。
春まで冬眠。
それが当たり前だと思っていた。
冬の間は仕事やプライベートを優先する生活となり、ランニングからは少し離れていた。
気が付けば雪も融け、また春がやってきた。
新しいシーズンの練習を始めたのは3月下旬。
前年は雪の中でも少しは走っていたが、この年は4月になってもわずか数回しか走れていない。
十分な準備ができないまま、前年と同じ「日刊スポーツさわやかマラソン」のハーフマラソンに申し込んだ。
前年は10kmの部で気持ちよく走れた大会だ。
今年は「ハーフでも大丈夫だろう」と、どこか楽観的に考えていた。
スタート直後は予定どおりのペースだった。
5kmは23分前後。
しかし、その日は10kmを迎える前から太ももが重くなり始めた。
呼吸も苦しい。
そして12km地点。
私は、これまでで最も早く歩き始めてしまった。
過去2回のハーフマラソンでは、少なくとも15kmまでは粘れていた。
それが今回は12km。
練習不足は、想像以上に正直だった。
ハーフマラソンで棄権する人はほとんどいない。
だから歩いてでもゴールを目指すしかない。
沿道から「頑張れ!」という声が聞こえる。
その声援がありがたい反面、歩いている自分が情けなかった。
ゴールタイムは 2時間20分30秒。
おそらく、この先どれだけ年齢を重ねても、このタイムを更新することはないだろう。
それほど悔しく、情けないレースだった。
それでも、「次こそは頑張ろう。」
そう思っていたゴールデンウィークのある日、勤務先の社長から一本の電話が入った。
休日に会社へ来てほしいという。
嫌な予感がした。


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